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2012年7月19日 世界が終わる前日 

2012年07月19日 ()

 お久しぶりです。最近どうも別の自分が私に変わって過ごしていたようで記憶があやふやなのですが、ノベルゲーム大好きな私は久々の登場です。
 『恋愛ゲームシナリオライター30人×30説+』に投稿した「すかぢ論」を公開しました。


 『恋愛ゲームシナリオライター30人×30説+』 すかぢ論 ~11年にわたる「生の意義」の探求~


 いろいろ思い入れのある論考です。今読み返してこれで良かったのかという思いに苛まれるところもありますが、どうなんでしょうね。
 読んだことがある方も多いでしょうが、まだ読んでない人はぜひどうぞ。



 ……



 我らが救世主の間宮様によると、世界は明日には滅びるそうなので、今ここで公開しても誰も読むことはなく終わることでしょう。これを読むのは空に還って新しい世界に至った人だけでしょうね。


 ……


 もうすぐビッグハザードが来るということで、最近は『素晴らしき日々』を再度読み返したりしていました。読み返すとまたいろいろ考えるところがあって読みながら書き留めていっていたのですが、残念ながらもう時間が来たようです。この終ノ空-素晴らしき日々論もお蔵入りですかね。何度読んでも行きつくところは同じだったなぁ。




 それでは終ノ空を見てきます。
 私の住んでるところはマンションの5階で下はちょっとした崖になっているので、うまくアタマリバースすれば空に還れるかもしれません。さすれば私も間宮様のようになれるかも!








 さて、私にはどんな空が見えるでしょうか? 最後の空を堪能してきます。























 由岐姉の幽霊に「幸福に生きよ!」って言われたような気がしたので、ベランダから戻ってきました。

 スパイラルマタイはまたの機会に。


























 でも……もし違う世界が見れるのなら、その先に行ってみるのもいいのかもなぁ……








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[2012.07.19(Thu) 00:47] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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恋愛ゲームシナリオライター30人×30説+ すかぢ論 ~11年にわたる「生の意義」の探求~ 

2012年07月19日 ()

恋愛ゲームシナリオライター30人×30説+


すかぢ論 ~11年にわたる「生の意義」の探求~


論者:udk







初出『恋愛ゲームシナリオライタ論集30人×30説+』
『恋愛ゲームシナリオライタ論集 30人×30説+』掲載原稿リンク集




続きを読む↓



0. 序文



他人は「私が本当に言わんとすること」を理解できてはならない。

Ludwig Josef Johann Wittgenstein 『青色本』



 これはすかぢ氏に多大な影響を与えた哲学者の著作の命題のひとつである。人が他人を本質的に理解する事は出来ず、それゆえに他人の全てを語る事はできないということを明示している。



語りえぬことには、沈黙せねばならない。

Ludwig Josef Johann Wittgenstein 『論理哲学論考』
『終ノ空』第一章



 私はすかぢ氏と直接の面識を持っていない。直接会った事も話した事もない。ゆえに、私が明晰に語り得るのは氏が世に発表した作品とそれについて氏が記した書物だけである。それ以外については沈黙せざるを得ない。であるからして、本稿では氏について作品から語り得ることだけを記す。






1. 緒言



この作品を…
全ての呪われた生と…
祝福された生に…
捧げる…。

『終ノ空』最終章



 本稿「すかぢ論」のメインテーマ「生の意義」について述べる。人の「生の意義」には二通りの解釈ができる。ひとつが「祝福された生」、もうひとつが「呪われた生」である。「祝福された生」とは、人の世には幸なものも不幸なものもすべて祝福されて存在しているということである。対して「呪われた生」とは、あらゆるものが祝福されて存在しているにも関わらず、「生」は消滅から逃れられない、いわゆる「生とは死に至る病である(*1)」という解釈である。つまり、生とは祝福されていると同時に呪われてもいるのである。この哲学的とも言える「呪われた生/祝福された生」の思想に対し、作品内で自身の「生の意義」を提示したのがすかぢ氏である。

 「生」とは何だろうか? それに対して「死」とは?
 この2つはどんな意義を持つのだろうか?
 神とは? 世界とは? 自己とは?

 すかぢ氏の作品にはこのような人の根源的な命題をテーマにするものが多く、それが一番の特徴である。氏の作品には独特の主張が見られ、それは他の作家に類を見ないものである。本稿では、そのようなテーマの作品を制作するすかぢ氏はいったいどのような人物であるのか、これまでに氏が世に送り出してきた作品からクリエイターとしての氏を評し、また作品のテーマについて考察する。
 本稿「すかぢ論」は以下のように論を進めていく。

0. 序文
1. 緒言
2. すかぢ氏の作家性について ~多才なクリエイター「すかぢ」~
3. 作品から見るすかぢ氏の変遷
 3.1. 『終ノ空』 ~すかぢ氏のはじまりにして祖~
 3.2. 『二重影』 ~「終」に続くは「対」~
 3.3. 『モエかん』 ~萌えと泣き、一般化を目指した結果は…~
 3.4. 『H2O(*2)』 ~メインライターからサブライターへ~
 3.5. 『しゅぷれ~むキャンディ(*2)』/『テレビの消えた日』 ~プロデューサーとしてのすかぢ氏~
 3.6. 『素晴らしき日々(*2)』 ~すかぢ氏の集大成~
4. 11年にわたる「生の意義」の探求
 4.1. 呪われた生/祝福された生とは
 4.2. 『終ノ空』における「生」~立ち止まる者と立ち止まらない者~
 4.3. 『二重影』における「生」~祈りの強さ~
 4.4. 『モエかん』における「生」~世界の美しさ~
 4.5. 『H2O』における「生」 ~前へ進む強さ~
 4.6. 『素晴らしき日々』における「生」~言葉と旋律~
 4.7. 探求の果てに ~すかぢ氏が辿り着いた結論~
5. 結言

 まず、本章にて本稿の概要を述べた後、2章にてすかぢ氏の作家性についてその才能と特徴を述べる。その後、3章にて氏がこれまで制作してきた作品の解説を行う。4章では、本稿の主題である氏の作品のテーマについて言及する。冒頭で述べた氏の作品全てに通ずるテーマ「生の意義」の思想を中心に、各作品のテーマを考察していく。最後に結言をもって本稿の終了とする。

 
(*1) キルケゴール著『死に至る病』
(*2) 本稿では一部タイトルの副題を省略表記する。
 『H2O -FOOTPRINTS IN THE SAND-』=『H2O』
 『しゅぷれ~むキャンディ ~王道には王道たる理由があるんです!~』=『しゅぷれ~むキャンディ』
 『素晴らしき日々 ~不連続存在~』=『素晴らしき日々』







2. すかぢ氏の作家性について
  ~多才なクリエイター「すかぢ」~



 すかぢ氏の各作品について語る前に、まず氏がどのような人物であるか述べていく。すかぢ氏は美少女ゲームの分野で活躍しているノベルゲームの“クリエイター”である。ここでは“シナリオライター”ではなくあえて“クリエイター”と記述した。それは氏がシナリオ単体だけでなく、原画、彩色、演出、監督などゲーム制作の多くの部分に携わっていることによる。シナリオ以外に監督も務めるシナリオライターというのはたまに見かけるが、それに加えて絵も描けるというのはこのすかぢ氏以外にそうはいない(*3)。言うなればマルチクリエイターである。さらにすかぢ氏は、自身の作品をリリースしているケロQ・枕ブランド(株式会社ムーンフェイズ)の代表(*4)も務めている。上記の役職に加え、会社の代表までをも務めている人物は業界広しと言ってもすかぢ氏くらいだろう。
 実際、ゲーム制作の中ですかぢ氏がどれほどのことをしているか、これまでにケロQ・枕ブランドでリリースされた作品と氏が務めた役職を表1にまとめた。


  


表1より、すかぢ氏がノベルゲームを構成する要素のうちの多くを占めていることがわかる。ただし、シナリオに関してはメインライターを務めていない作品もあり(*8)、原画等のグラフィックも複数人で制作が行われている。それでもほぼ全ての作品の企画・シナリオ・監督を務めているというのはただごとではない。氏の負担はかなり大きいだろう。そのことについて作中で言及されたのが以下のシーンである。


自分で出来るからと言って、全て自分でやってしまう人間はろくな人になりませんよ……
自分で出来る事でもあえて他の人にやらせて様子を見る……これが人としての器ではないでしょうか?
私の知っている方で、シナリオと原画とCGと演出素材から背景まで、自分で出来るからと言う理由で全部やろうとしてしまう方がいますが……
正直人間としてどうしようもないですっ

『素晴らしき日々』 第一章 「Dawn the Rabbit-Hole」


この文章はサブライターの藤倉絢一氏が執筆したものと思われるが(*9)、なかなかのすかぢ氏への皮肉っぷりである。上述のようにすかぢ氏はゲーム制作において様々な仕事を自分でやってしまうことができる。だが、氏がそうすることによってディレクションが疎かになり、進行が遅れてしまうという事実も確かである。それはゲーム制作にかかる作業量が増えた近年の作品の延期状況、制作期間の長大化に現れている(*10)。このようにたいていのことはやってのけるすかぢ氏であるが、いつかエンドクレジットがすかぢオンリーのゲームも見てみたいところである(*11)。
 これまでにケロQ・枕でリリースされたほぼ全作品の監督(プロデュース)を務めているすかぢ氏。氏について記すということはすなわち、氏が代表を務める株式会社ムーンフェイズのケロQ・枕ブランドについて語ることと同義であると言えよう。したがって、本稿では氏がメインライターを務めていない作品についても氏の作品として取り扱う。

 
(*3) 都築真紀氏もこの条件に該当する。
(*4) ケロQブランド発足時(1998年)はすかぢ氏ではなくにのみー隊長氏が有限会社ケロQの代表を務めていたが、『終ノ空』発売後~『二重影』の発売前の間に自身が代表となり、その後株式会社ムーンフェイズを設立した。
(*5) 商業18禁PC美少女ゲームに限る。コンシューマ機器への移植作品、コミックマーケット・ドリームパーティー等でのグッズ販売品、原案・監修を務めた小説・漫画等の作品は除く。2009年に発売された『H2O √after and another Complete Story Edition』については『H2O』『√after and another』に比べて新規要素がほぼ無いのでここでは省略する。
(*6) 表1は各作品のエンドクレジット等による。詳しくは「ケロQ・枕エンドクレジットに見るすかぢ率の高さ-udkの雑記帳- (http://udk.blog91.fc2.com/blog-entry-636.html)」を参照。
(*7) 『テレビの消えた日』についてはエンドクレジットには監督(プロデュース)の項目が記載されていないが、書籍等よりすかぢ氏を中心に制作していたことが見て取れるので、すかぢ氏を監督(プロデュース)とする。
(*8) すかぢ氏がこの11年で原案・メインシナリオ。監督を務めたものは『終ノ空』『二重影』『モエかん』『素晴らしき日々』の4作(ファンディスクの『二重箱』『モエカす』を含めると6作)。原案を務めずサブライター・監督として参加したのが『H2O』『√after and another』『しゅぷれ~むキャンディ』の3作。監督としてのみ参加したのが『テレビの消えた日』である。
(*9)『素晴らしき日々 ~不連続存在~ 特装初回版』(ケロQ,2010年)付属『素晴らしき日々 ~不連続存在~ オフィシャルアートワークス』p.62「すかぢロングインタビュー」より。「Down the Rabbit-Hole」の一巡目、幻想世界のシナリオが藤倉絢一氏と記載。しかし、すかぢ氏が書き直した部分も多いとの記述もあるので、藤倉氏と断定はできない。
(*10) 『サクラノ詩』は2003年に制作が発表されたが、未だに発売されていない。
(*11) どれだけ制作に時間がかかるかはわからないが。








3. 作品から見るすかぢ氏の変遷


 本章では、すかぢ氏がケロQ・枕ブランドで制作してきた作品について解説していく。


3.1. 『終ノ空』 ~すかぢ氏のはじまりにして祖~

 ケロQ処女作、すかぢ氏が初めて制作したノベルゲームがこの『終ノ空』である。ノウハウがほとんどない素人集団(*12)が制作したためにかなり荒削りでシステム等も悪いが、この『終ノ空』はすかぢ作品の中で最も氏の思想が色濃く出ている。特に、氏が最も影響を受けた哲学者「ウィトゲンシュタイン」の思想がよく現れている。
 『終ノ空』は1人の少女の飛び降り自殺から始まる狂気の物語を4人の視点で語っていく群像劇である。異色の作風の物語だったことでブランド処女作ながらも多くの注目を集めた。この作品で興味深いのは2点。ひとつはすかぢ氏自身の思想である。『終ノ空』では氏が当時考えていた多くの思想が断片的に語られている。冒頭でも述べた「生」の思想。他には終末思想、高次の存在、世界論、認識論、自己の定義、不連続存在など様々な思想が語られており、作品内から氏の考え方を読み取れるようになっている。
 もうひとつ興味深いのが読み手によって作品の受け取り方が大きく変わるという点である。万人がいれば万人とも違う感想を抱くのではないだろうか。それはまるで作中で見る終ノ空が人によって異なるものであったように…。本作では多くの思想が提示されているのだが、最終的には全て「語りえぬことには、沈黙せねばならない」に集約される。そのため読み手に考えを委ねる部分が大きく、人によってその受け取り方が変わってくる(*13)。
 すかぢ氏の原点たる『終ノ空』、以降氏は『素晴らしき日々』を書き終えるまでずっとこの『終ノ空』(作品に内在するテーマ)に囚われ続けることになる。


3.2. 『二重影』 ~「終」に続くは「対」~

 「終」に続くは「対」。「終」の『終ノ空』に対して、すかぢ氏第二作は「対」の『二重影』である。世界の終末が描かれた『終ノ空』に対して、この『二重影』ではあらゆるものが対になっている島を舞台に時代活劇が描かれた。氏は作品内に「対」となるものを持ち込んで、その対比からテーマを語ることが多い。『終ノ空』では対立する2人の人物と思想が描かれていたが、『二重影』でもまた同様に、2人の人物(2つの影を有する剣士「二つ影双厳」と影のない「無影」)が描かれている。テーマについても『終ノ空』と同じく、『二重影』でも2人の対比を用いて「生」が語られている。『終ノ空』は氏が好き勝手に自分の思想をぶち込んだ、言わば氏そのものの作品であったが、『二重影』は自身の思想から幾ばくか距離をおき、読みやすく、親しみやすい作品を目指したようである(*14)。事実そのようにエンターテイメント性の高い作品となったが、氏そのものだった『終ノ空』と比べるとその訴求力は落ちる。
 『終ノ空』制作時と比べると、資金・人員的に余裕ができ、自由度が大きくなったのもまた確かで、シナリオ量・原画枚数ともに大きく増え、システムも改善された(*15)。作品の完成度自体もこの『二重影』の方が高いだろう。
 『二重影』発売の1年後、番外編等を収録したファンディスク『二重箱』が発売された。


3.3. 『モエかん』 ~萌えと泣き、一般受けを目指した結果は…~

 『終ノ空』『二重影』と美少女ゲームでは異色な作品を制作してきたすかぢ氏。コアなファンを獲得してきた氏が3作目にしてより多くの人に親しんでもらえるように制作したのがこの『モエかん』である。『モエかん』は当時の主流であった「萌え」「泣き」を目指して作った作品で(*16)、萌えっ娘カンパニー・メイド育成所の所長を務める「神崎貴弘」とそこで働く少女達の交流を描いた物語となっている。萌えゲーや泣きゲーの制作経験がなく、それらからほど遠いものを制作していたスタッフによって作られただけあって、主流の萌えゲーからずれた不思議な作品ができあがってしまった。しかし、氏はこの作品の制作から「萌え」「泣き」というのものを少しずつ掴んでいく(*17)。
 ところが制作は難航を極めた。シナリオの増大に伴う複数ライターでの執筆、きついスケジュールで制作した結果、1つのルートが未完成で終わってしまった。その未完成ルートの救済としてファンディスク内で作り直したのが『モエカす』内に収録されている「Route of Kirisima」である。この『モエカす』で一応の物語のオチはついたものの、ここでもまだ完全に物語を終わらせることができなかった。この制作の不十分さはこれからも続いていく。


3.4. 『H2O』 ~メインライターからサブライターへ~

 『モエかん』発売後に発表された新ブランド枕の立ち上げ及び新ライターによる『サクラノ詩』の制作発表。その『サクラノ詩』は依然制作が難航しており、未だ発売されていない。それに変わって枕ブランドで発売されたのがこの『H2O』である。『H2O』では、田舎の村を舞台に目が見えない少年と少女達との交流が描かれた。この作品では藤倉絢一氏が原案・メインシナリオライターを担当しており、すかぢ氏はそれの補佐にまわっている。はじめてサブのシナリオライターとして制作に関わったすかぢ氏。他者の物語にライターとして参加するということで物語の作り方などそこから得られたものも多かったと言う(*18)。また、この頃には氏のブランドのグラフィック・演出表現はだいぶまとまっている。
 『H2O』発売の1年後、『√after and another』が発売され、『H2O』では不十分だった部分を見事補完することに成功している。この不完全な部分を補完する、または作り直すという流れは、『二重影』に対する『陰と影 ~那月島鬼談~』(*19)、『終ノ空』に対する『素晴らしき日々』の制作に続いていく。


3.5. 『しゅぷれ~むキャンディ』/『テレビの消えた日』 ~プロデューサーとしてのすかぢ氏~

 会社代表として、自身がシナリオライターとしていなくてもゲームが作れる状況を目指していたというすかぢ氏(*20)。この目標もこの時期スタッフの育成が実り、ようやく軌道に乗ってくる。シナリオライターとしてかなりの腕を持つ氏であるが、ライターの育成という点では難しかったようで、10年でものになったのは藤倉絢一氏とあと加えるとすれば柚子璃刃氏くらいだろう。反面、グラフィッカーの育成はうまくいっており、ケロQ・枕ブランドから多くの原画家が生まれている(*21)。
 そしてプロデューサーにまわった『しゅぷれ~むキャンディ』と『テレビの消えた日』ではその責務を全うし、無事発売されている。


3.6. 『素晴らしき日々』 ~すかぢ氏の集大成~

 『モエかん』以降長らくメインライターとして作品に関わっていなかったすかぢ氏。久々の新作は『素晴らしき日々』という『終ノ空』を彷彿させる作品であった。この『素晴らしき日々』は『終ノ空』の設定に、「非連続存在(*22)」という氏が10年来(*23)温めていた企画を合わせたものになっている。
 すかぢ氏の原点である『終ノ空』の焼き直し、これには氏も全力で制作にあたったようで、ほぼ全てのシナリオを1人で執筆している。根幹にあるのは『終ノ空』の思想であり、全作品で問い続けた「生の意義」であるが、『素晴らしき日々』はさらにその先を行っており、『終ノ空』以来ずっと囚われ続けた呪縛をついに解くこととなった。氏の10年の集大成にふさわしい作品となっている。その完成度は驚くほど高い。ケロQ作品はその完成度が毎回悔やまれるものが多いが、この『素晴らしき日々』だけは完全に一個の完成された作品であると言えよう。


(*12) ケロQ設立以前、にのみー隊長氏を中心に「ケロッピーディスク」というサークルで同人活動を行っており、このとき既に簡単なゲームの制作経験はある。
(*13) もっともそれは作品が言葉足らずでわかりにくいというのも否めないが…。『終ノ空』は全編通して「語りえぬことには、沈黙せねばならない」を示した作品である。
(*14) 『終ノ空 CG&原画集』(ケイエスエス,1999年)p.96「終ノ空制作スタッフ特別インタビュー」より
(*15) 他のブランド並みのシステムになるのは『H2O』以降である。
(*16) 『モエかん MOEKKO COMPANY 公式ビジュアルファンブック』(ソフトバンクパブリッシング,2003年)p.120「ロングインタビュー ケロQ社史~モエかんへの道~」より。
(*17) 次作『H2O』ではこの経験を活かし、「萌え」方向に関してもよくできている。
(*18) 『H2O ~FOOTPRINTS IN THE SAND~&√after and another パーフェクトビジュアルブック』(アスキーメディアワークス,2008年)p.145「スタッフインタビュー」より。
(*19) 2005年に『二重影』のリメイク・続編として発表されたが、『素晴らしき日々』の制作に加えて『サクラノ詩』の延期が今もなお続いている状態であるため、2009年開発無期限停止状態となった。
(*20) 『素晴らしき日々 ~不連続存在~ 特装初回版』(ケロQ,2010年)付属『素晴らしき日々 ~不連続存在~ オフィシャルアートワークス』p.71「すかぢロングインタビュー」より。
(*21) 2C=がろあ、硯、月音、籠目、日比野翔,いぬがみきら、梱枝りこ、深森、karory(敬称略)を始めとして多くの原画家が生まれている。
(*22) 「不連続存在」とは存在の連続性(1分前の自分と今の自分が同じであるのか)というテーマを元に、1つの肉体に複数の人格が混在し、その人格が不連続に入れ替わること。
(*23) 『scenario-entertainment AriA【アリア】 VOL.1』(FOX出版,2001年)p.36「脅威のロングインタビュー ケロQ SCA-自」より。『終ノ空』企画時から考えていたとある。







4. 11年にわたる「生の意義」の探求


 本章ではすかぢ氏の各作品におけるテーマ「生の意義」について考察していき、最後に氏の探求の成果について述べる。


4.1. 呪われた生/祝福された生とは

 これまでに終末、時代劇、萌えゲー、不連続性など様々なジャンルの作品を出してきたすかぢ氏。氏が原案・シナリオを務めた作品(*24)にはどの作品でも語られている共通のテーマがある。それは「生」とは何か?何のために「生」は存在しているのかということである。この「生への意義」を語るにあたって、氏は「呪われた生/祝福された生」という言葉をもって作中で「生」の疑問を提示している。

 
生とは死に至る病だ。
生まれるとは、相対的な死を約束される事だ。
生まれてこなければ死は来ない。
無と死は違う。
生があるから、
死はある。
生がなければ死は存在しない。
生とは…死に至る病そのものだ。
だから生まれた子供は、生まれた事を呪っている。
だけど生は祝福もされている。
生きようとする意志。
生を動かすのは、生への祝福と呪われた生。

『終ノ空』最終章


 世界には善と悪があり、幸と不幸がある。しかし、そういうものとは関係なく、世界は在る。神にとっての祝福とは、人間が言う善悪をこえ、存在する全てに等しく与えられる。すなわち、生とは祝福されている=「祝福された生」である。しかしすべての生は、存在しているのに関わらず消滅から逃れられない。「生」とは無価値である。すなわち、生とは呪われている=「呪われた生」でもある(*25)。
 これは、「赤子の誕生」という例を用いて『終ノ空』『素晴らしき日々』では以下のように語られている。

 
神様なんて世界にいない
それどころか、この世界に生まれるのは呪いに似たものだって……
だってさ、死んじゃうんだからさ
どんな幸せも終わる
どんな楽しい時間も終わる
どんなに人を愛しても……どんなに世界を愛しても……
それは終わる
死という名の終止符を打たれて……
だから、この世界に生まれ落ちるって事は呪いに似たものだと思ってた……
だって、幸福は終わりを告げてしまうのだから……
それが原因なのかさ……何度か同じ様な夢見てたんだよ……
そう、夢……赤ちゃんの夢
うん、怖いね……私が泣き出すぐらいに……恐い夢……
生まれたての赤ん坊がいるんだよ……誰が生んだのか知らない……
いや……もしかしたら、私が生んだのかもしれない……
だから、私はうれしかったんだと思う
うん、うれしかった……
それでさ……その赤ん坊は泣くんだね……おぎゃ、おぎゃ、ってさ……
うれしくて、私とかも笑うんだよ……周りのみんなも一緒に……
それは祝福なんだよ
生命に対する……祝福
だってさ、単純にうれしいからさ……赤ちゃんがこの世界に出てきてくれて……ありがとうって……
だから世界は生の祝福で満たされる……
でもさ……でも私は気がついちゃうんだよね……
あ……違うって……
その時、私は一人で恐怖するんだよ……すべての笑顔の中で私だけが恐怖するの……
だってさ……気が付いちゃうんだもん……その子は世界を呪っているんだってさ……
生まれた事を呪っている事に……
みんなの笑顔の中で、私だけ凍り付く……祝福に包まれた世界で……一人……
その時、私は思うんだ……その赤ん坊の泣き声を止めなきゃいけないって……私は、生まれたての赤ん坊の首を絞めて……その人生をそこまでで終わらせなきゃいけないってさ……
だって、生まれるって呪いだもん……
少なくとも生まれたばかりの子供はそう考えている……だから……
その呪われた生を終わらせるために……
でもさ……当たり前だけど……出来ないんだよね
おぎゃ、おぎゃ、って泣いてる赤ん坊の首を締めるなんて出来ないよ……
なんでだろう……赤ん坊は生を呪っているのに……でも私はその生を断ち切る事が出来ない
しなきゃいけないのに……出来ない……
んでさ……私さ、うわん、うわん泣いちゃうんだよ……そんな事現実では全然ないのにさ……
そのうち……赤ん坊の泣き声がね……普通に
普通になってるのに気が付くのね……
普通に……おぎゃ、おぎゃって泣いてるんだよ……
その声を聞きながらさ…私は良かった、と思うんだ……
そして、祈るんだよ……この命に幸いあれ……って

『素晴らしき日々』第六章「JabberwockyII」

 
 この「呪われた生/祝福された生」の思想に対して、すかぢ氏の各作品のキャラクター達はどのようにして「生の意義」を見出していただろうか?


4.2. 『終ノ空』における「生」~立ち止まる者と立ち止まらない者~

 『終ノ空』では、立ち止まる者「水上行人」と立ち止まらない者「間宮卓司」の対比によって「生の意義」が描かれている。どちらも「呪われた生/祝福された生」の思想に対し、それぞれ違う形で対処しようとした。
 「水上行人」は自分の生きる意味/存在の意味について考えるうちに行き詰まるようになる。それを彼は、ただ立ち止まって「生」と「死」を見つめることでその意義を見出した。それに対し「間宮卓司」は、ひとつの事件をきっかけに生の無価値さに気付き、生の意義を「死」に見出そうとする。新興宗教を起こして空に還り(=死)、世界を終わらせて新たな世界へ至ることに意義を見出したのである。


世界は終わらないからこそ、世界の終わりを怖がる。
終わらない事と終わる事は表裏一体。
それは対になってこそ存在を許されている。
俺たちは不条理な生におびえている。
生まれた事を呪っている。
生と死は対になっている。

『終ノ空』第四章


『終ノ空』はこの2人の2つの思想が描かれた物語であった。


4.3. 『二重影』における「生」~祈りの強さ~

 『二重影』でもまたこの思想が語られている。『二重影』では、死を恐れる者「無影」と生を生きようとする者「二つ影双厳」の対比によってそれが描かれている。
 「無影」は、死を恐れ、呪われた二重影の儀式に手を染めて永遠の生を手にしようとする。しかし、自身の失策によってそれは阻まれ、彼は永遠の生を手に入れるどころか死してしまう。それに対し、「二つ影双厳」は二重影の呪いによって生を脅かされるも、その呪いを食い止めながら日々を生きていく。しかし、守ろうとしていた者の死によって、自分を見失ってしまう。そんな双厳を救ったのが「祈り」である。


人の生は呪われ、そして、人の死は祝福される
人はまた生まれた者を祝福して、死んだ者を悲しみます。
すべては無明の中に消えていきます
それでも人は…祈るのです。すべての者のために
すべての死者と生者のために…
目を開けて…祈りは人の希望…信じて…双厳さま…

『二重影』十二日目


人の生は呪われ、そして、人の死は祝福される。しかし、人は「祈り」によって生を祝福し、また死者を弔うことで生への希望を見出すことができる。さらに人を愛することで「生の意義」を得ることができる。この「祈り」によって、「二つ影双厳」は「生」を思い出し、ヒロインを愛する気持ちをもって「生の意義」を手にし、自己を取り戻した。
 『終ノ空』では、立ち止まって見つめる事/立ち止まらず死の先に進む事で「生の意義」を見出した。それに対し、『二重影』では、「祈り」によって生への希望を見出したのである。


4.4. 『モエかん』における「生」~世界の美しさ~

 さらにその先の『モエかん』ではどうだっただろうか。『モエかん』では「冬葉」という少女のシナリオで「生の意義」が描かれている。「冬葉」は自分の能力を使って、人の痛み(不幸)を取り除き、祝福を与えようとする。しかし、痛みというものは善人にも悪人にも存在しているものである。神の祝福は全ての者に与えられるが、その祝福された者も最期には皆死を迎える。「冬葉」はそのことを悟るもなお全てを救おうと全ての痛みを背負ってしまい、無理をして心を壊してしまう。『終ノ空』や『二重影』ではその事実を受け入れる、もしくは別の価値観・目的を見つける事で「生の意義」を見出そうとしたが、『モエかん』では素直に事実を受け入れてしまったがために心を壊してしまう少女が描かれた。
 その少女に対し、どのような解決方法をもって救済したのか。それは「世界の美しさ」「生の美しさ」によって解決された。世界は様々な問題や矛盾を抱えているが、この「世界」そのものは美しく、それは確かに存在している。心を閉ざしてしまった「冬葉」は、「神崎貴弘」の献身的な看病の過程で「世界の美しさ」「生の美しさ」というものを認識し、心を再び開いていく。そうして「生の意義」を見出したのが『モエかん』の冬葉シナリオであった。


4.5. 『H2O』における「生」 ~前へ進む強さ

 このように3つの作品でそれぞれ「生の意義」を問うたすかぢ氏。しかし、以降氏は作品を作る意義を見失う(*26)。それは『終ノ空』の物語上で「幸福」や「恋愛」を否定し、「HAPPY END」の存在すらも否定のスタンスをとっていたことによる。それに「現実がつらいのに、なんで物語の中までつらい思いをしなければならないんだ」というユーザーの意見を受け止め、スランプに陥って自身の物語が書けなくなってしまう。
 それから幾年か経ち、その問題に自身の決着がついて、藤倉氏の作品『H2O』に参加する。藤倉氏はすかぢ氏と違う思想をもっており、それが作品内で神と人の関係を語ったところに表れている。『H2O』では「神は人を祝福している」「つねに人に寄り添って歩いている」という優しい世界が描かれた。そしてそこから「前に一歩踏み出すことの重要性」が描かれ、これまでのすかぢ氏の「呪われた生/祝福された生」の世界とは異なる世界観であった。氏は自身の「生の意義」の決着をつけるべく、前に一歩を踏み出して『素晴らしき日々』を制作する。


4.6. 『素晴らしき日々』における「生」~言葉と旋律~

 『H2O』からいくつかの作品を経て、自らの考えをまとめる作品として執筆したのが、処女作『終ノ空』をもとにした『素晴らしき日々』である。「言葉」と「旋律」がテーマの『素晴らしき日々』では「生の意義」をどのように見出していただろうか。それは「間宮卓司」の肉体に宿る3つの不連続存在によって語られている。「水上由岐」「間宮卓司」「悠木皆守」の3人の人物。このうち、「水上由岐」と「間宮卓司」は『終ノ空』の「立ち止まる者」と「立ち止まらない者」にあたる。そして、「悠木皆守」をもって『終ノ空』では描かなかった第三の思想が描かれている。
 「間宮卓司」は生きる意義を見失い、自分が理想とする人格を生みだしてその人格に全てを任せようとする。ところが、一人の少女の飛び降り自殺を契機に彼は覚醒することになる。母親から教わっていた新興宗教の教義を思い出し、「生の意義」をそこに見出す。そして自らを救世主として宗教を打ち立て、人を空に還す(=死)ことで「呪われた生」から解放されようとする。
 それに対し、「水上由岐」がまず取ったのは、生を見つめる事。見つめることで、「言葉」「美しさ」「祈り」の三つの力から「生の意義」を見出した。


人は死を知らず……にも関わらず人は死を知り、そしてそれが故に幸福の中で溺れる事を覚えた……
絶望とは……幸福の中で溺れる事が出来る人にだけ与えられた特権だな
そうだね……でも、だからこそ人は、言葉を手に入れた……
空を美しいと感じた……
良き世界になれと祈るようになった……
言葉と美しさと祈り……
三つの力と共に……素晴らしい日々を手にした
人よ、幸福たれ!
幸福に溺れる事なく……この世界に絶望する事なく……
ただ幸福に生きよ、みたいな

『素晴らしき日々』第六章「JabberwockyII」


しかし、由岐はその思想をもったまま死してしまう。
 「悠木皆守」は、その「水上由岐」の思想をもってさらに前へ一歩踏み出す。彼はもともと消滅する人格であった。けれど最後、「水上由岐」に教わった「生の意義」を思い出し、校舎から飛び降りている「間宮卓司」に変わって、生を掴むのである。その後、彼は「素晴らしき日々」を手にする。生を見つめ立ち止まるだけではなく、そこから前に進んだ「悠木皆守」、彼こそすかぢ氏が辿り着いた第三の思想だろう。


4.7. 探求の果てに ~すかぢ氏が辿り着いた結論~

 『終ノ空』では、「呪われた生/祝福された生」から生じる「生への意義」に対して「立ち止まる者」と「立ち止まらない者」の2つの思想が描かれたが、この2つの思想というのはどちらもその根本的な解決方法ではなかった。この『終ノ空』を受けて、『二重影』では、それを乗り越える手段として「祈り」の強さが描かれた。そして『モエかん』では、「世界の美しさ」が描かれた。『素晴らしき日々』では、それに加えて「言葉と旋律」が描かれた。
 そして『素晴らしき日々』では、「言葉」「美しさ」「祈り」、この三つの力をもって「生の意義」を見出した。その「生の意義」とは


幸福に生きよ!

Ludwig Josef Johann Wittgenstein 『草稿 1916年7月8日』
『素晴らしき日々』第六章「JabberwockyII」


この一文に集約される。「幸福に生きよ!」これこそが、すかぢ氏が最も言いたかったことだろう。言葉にすると簡単なことだが、それをどのようにして実践していくか、作中でキャラクター達がどのようにして幸福を目指して生きようとしていたか、そこから読み取れることは多い。そして、この「幸福に生きよ!」の先にあるのは「素晴らしき日々」である。『素晴らしき日々』の正史からそれた各「HAPPY END」ではキャラクター達が幸福に生き、「素晴らしき日々」を送っている。

 「幸福に生きよ!」、さすれば、「素晴らしき日々」が待っている。

これが氏の11年にわたる「生の意義」の探求で辿り着いた結論だろう。


(*24) 『終ノ空』『二重影』『モエかん』『素晴らしき日々』の4作品。
(*25) 『モエかん MOEKKO COMPANY 公式ビジュアルファンブック』(ソフトバンクパブリッシング,2003年)p.124「ロングインタビュー ケロQ社史~モエかんへの道~」より。「呪われた生/祝福された生」の解説を参考。
(*26) 『素晴らしき日々 ~不連続存在~ 特装初回版』(ケロQ,2010年)付属『素晴らしき日々 ~不連続存在~ オフィシャルアートワークス』p.67「すかぢロングインタビュー」より。







5. 結言


 本稿では、11年にわたる「生の意義」の探求と題して、すかぢ氏の作品と氏が主張する「生の意義」についてまとめた。2章では氏の多才な才能とそれによる制作への影響を述べた。3章では、氏がこれまでに制作してきた作品がどのような意図で作られ、どのような作品であったかを述べた。4章では、氏が11年にわたって作品で語ってきた「生の意義」について述べた。「幸福に生きよ!」、さすれば、「素晴らしき日々」が待っている。これが氏の11年にわたる探求で辿り着いた結論である。
 これまですかぢ氏原案の作品は全て氏の「生」への思想が含まれていた。『素晴らしき日々』の制作によってこの思想がひとつの解決を見せた今、今後制作される氏の作品はどのようなものになるのだろうか?「幸福に生きよ!」の先に待っているものは?次に氏がメインライターを務める『サクラノ詩』で描かれる“その先”に注目したい。








 参考:恋愛ゲームシナリオライタ論集30人30説 あとがき#2 by すかぢ論論者 udk
    :エロゲーシナリオライタ論集1人×1オナヌー 「すかぢ論」 すかぢ作品に見る男性器の象徴
    :カテゴリ -素晴らしき日々-(udkの雑記帳)
    :『恋愛ゲームシナリオライタ論集 30人×30説+』掲載原稿リンク集







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[2012.07.19(Thu) 00:45] ノベルゲーコラムTrackback(0) | Comments(1) 見る▼
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by いずみ
素晴らしい考察ですね

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エロゲーシナリオライタ論集1人×1オナヌー 「すかぢ論」 すかぢ作品に見る男性器の象徴 

2010年08月12日 ()


 今度の夏コミで発行予定の「恋愛ゲームシナリオライタ論集30人30説+」にすかぢ氏担当として参加しているudkです。


 30×30


 今回は私の「すかぢ論」の紹介の意味も含めて、論考で惜しくも使えなかったネタを使って別の角度からすかぢ論を書いてみようかと思います。

 その名も、エロゲーシナリオライタ論集

 “恋愛ゲーム”ではなく、“エロゲー”のシナリオライターとして見たすかぢ論です。ちょっとネタ色が強めですが、その辺はご容赦を。30人30説の方はもっと真面目に作品のテーマについて考察しています。
 あと、私の論考はそんな感じですけど、他の方のはもっともっとおもしろいので、30人30説+の方、是非期待して読んでみてください。


 注:エロゲーシナリオライタ論集ですので、当然18歳未満の方はこれより先は閲覧禁止です。
   また、すかぢ作品の多少のネタバレを含みます。ネタバレを気にする方はご遠慮ください。
   論“集”なのに1人分の原稿しかないのは突っ込まないでください。私が泣いてしまいます。


続きを読む↓



エロゲーシナリオライタ論集1人×1オナヌー



 はじめに

 人が創るものには多かれ少なかれその人の個性が出ることが多い。ことさら創作物にはおいてはその傾向が強いが、それがエロゲーとなるとどうだろう。そこに出てくるのは制作者のエロに対する考えに他ならないのではないだろうか。本論集ではエロゲーのシナリオライターがどのようなエロを描いてきたかを考察する。
 と、それっぽい理由があがったところでエロゲーシナリオライタ論始めます。



エロゲーシナリオライタ論集「すかぢ論」

すかぢ作品に見る性の描かれ方

論者:udk




1. 緒言


フタナリさんは生きていた!!
更なる研鑽を積みフタナリ凶器が蘇った!!!
原画!! シナリオ!! プロデューサー!! チ○コ神!!! SCA-自だァー!!!

『H2O』初回特典『H2Oオフィシャルアートワークス』スタッフコメントページのすかぢ氏の紹介


 すかぢ氏は18禁PC美少女ゲームのシナリオライタ、いわゆるエロゲーのシナリオライタである。処女作『終ノ空』から最新作『素晴らしき日々』まで自身の作品をずっとエロゲー媒体でリリースしている(*1)。エロゲーであるからには当然作品内には18禁描写があり、その18禁描写の中には性的描写も数多く存在する。一般的な純愛系の美少女ゲームと比べると、氏の作品はその数・シチュエーションともに豊富である。
 すかぢ氏の一番の特徴は“『終ノ空』『素晴らしき日々』に代表される特有の世界観”であるが、“性的描写”においても氏は特有のものを持っている。それが“スカトロ”で“あり、“ふたなり”であり、“男の娘”である。制作スタッフ内でもそれがネタにされ、冒頭のようにネタになっている。
 本稿では「すかぢ作品に見る性の描かれ方」と題して、すかぢ氏の作品に見る「性」の特殊性について述べていく。
 本稿は以下のようにその論を進めていく。

 1. 緒言
 2. 名前の由来 ~すかぢ=スカトロ自殺~
 3. すかぢの代名詞“ふたなり”
 4. “ふたなり”とは似て非なる属性“男の娘”
 5. “ふたなり”と“男の娘”、2つの属性の検証
 6. 結言

 本章にて本稿の概要を述べた後、2章から4章ではすかぢ氏の作品に登場する属性について述べる。2章ではすかぢ氏の名前の由来となった“スカトロ”について、3章では、すかぢ氏の代名詞と言っても差し支えがない“ふたなり”について、4章では“男の娘”について述べる。5章では“ふたなり”と“男の娘”の2つの属性について検証し、最後に結言をもって本稿を終了とする。

 *1 エロゲー(18禁PC美少女ゲーム)以外にもコンシューマ機への移植作品や作品のコミカライズ・ノベライズ・アニメ化等全年齢作品も数多くあるが、それはいずれも作品の他媒体への移植もしくは単に原案を務めているだけのものであり、完全なすかぢ作品とは言い難い。


2. 名前の由来 ~すかぢ=スカトロ自殺~

 すかぢ氏といえばそもそもの名前の由来が「SCA-自」=「スカトロ自殺」の略である(*2)。スカトロ自殺と言うと、またひどく変わったシチュエーションのように思える。いったいどんな発想からスカトロ自殺などというペンネームを思いついたのであろうか。謎の多い名前である。
 このようなペンネームを名乗ることからも氏が特殊な性的嗜好を持つことが窺い知れるだろう。実際『終ノ空』『二重影』ではメインヒロインのスカトロシーンが描かれている。が、それ以降の作品には『テレビの消えた日』以外にスカトロシーンは見られず、『終ノ空』『二重影』『テレビの消えた日』の3作品に留まっている。
 私としてはすかぢ氏はいつかその名の示すとおりスカトロ自殺するヒロインを描いてくれるのではないかと思っているのだが、これは期待しても良いのだろうか? しかし、ヒロインがスカトロ自殺するような展開にどうやったらなるのかは想像がつかないが。多彩な18禁シーンが見られた『終ノ空』『素晴らしき日々』(*3)のような作品ならできるのではないだろうか? 正直言うと私はスカトロ自殺するヒロインはあまり見たくはないが、氏ならいつかやってくれると信じている。

 *2 PCエンジェル インタビュー記事(カズキ御書 http://www.geocities.co.jp/Playtown-Toys/7859/md005.htm より)
SCA-自 中学生くらいのときにガロ系のマンガを描いてまして、蝿と書いて「スカトロ」と読むマンガを描いたんですね、そのときのPN(ペンネーム)がスカトロ太郎だったんですよ(笑)。ハガキ職人時代もそのままのPNだったのですが、なんか思いのほかウケたので、ずっとスカトロ太郎で続けていたんです。でも高校ぐらいからパンクに憧れまして、そうするとスカトロ太郎ってパンクっぽくないじゃないですか、それでパンクっぽいPNにしたくてスカトロ自殺にしたんですよ(笑)。それからはスカトロ自殺でずっとやってきたんですが、基4%君に会ったときに、「ペンネーム怖いですよ、そんなペンネームじゃあなたのめざすような萌えな作家にはなれませんよ」っていわれまして。かなり悩んだあげくにスカトロ自殺の上のスペルのSCAをとって、あとは自殺の自を取って、SCAと合わせてSCA-自にしたんですよ。これならハイエンド系と間違えられるかもしれないと…誰も間違ってくれませんでしたけどね(笑)。
 *3 自転車放尿、実父姦淫、うさぎ人形陵辱、机を対象の自慰など、言葉で聞いても想像がつきにくい特殊なHシーンが存在する。参考:素晴らしき日々は究極のオナニーを示した作品である……??? http://udk.blog91.fc2.com/blog-entry-646.html



3. すかぢ氏の代名詞“ふたなり”

 スカトロの代わりにほぼ全てのすかぢ作品に登場する性的属性がある。それが“ふたなり”である。(*4)。“すかぢ氏”と言えば“ふたなり”。“ふたなり”と言えば“すかぢ氏”である。『終ノ空』『素晴らしき日々』のリルルと音無彩名、『二重影』での彩、『モエかん』の朝霧かずさ(*5)、『√after and another』の田端ゆい(*5)と毎作品ふたなり娘が登場する。ふたなり娘が唯一出てこないのは氏がシナリオにほとんど参加していない『しゅぷれ~むキャンディ』と『テレビの消えた日』くらいだろう。この中でも特に『二重影』では彩というふたなり娘の自慰シーンにあえてアニメーションを投入するという力の入れ用が見られる。2000年当時では珍しいアニメーションHシーンをふたなりにだけ用いるのはかなり大胆である。自身が発行する同人誌やホームページでもふたなり娘(*6)のイラストが多く描かれ、さらに同人誌内のゲストイラストではあえてゲストにふたなりイラストをリクエストしている(*7)。製品の特典同人誌にわざわざふたなりSS(モエカす特装版にて)を載せていたりもして、すかぢ氏のふたなりに対する思い入れの強さがよくわかる。ふたなりSSでは自分で文章を書き、自分で挿絵イラストを書くという多才っぷりも見せている。
 このようにすかぢ氏のほとんどの作品にふたなりヒロインが出てくることに対して、偶然と言い切るのはさすがに無理だろう。ふたなりを登場させなければならないストーリー上の必然性もない。これはどう捉えてもすかぢ氏が“ふたなり”という属性を偏愛しているとしか考えられない。それを決定づけるのが以下のQ&Aである。


Q4. ふたなりが好きなのでしょうか?

  ・そうですが……問題があるのでしょうか?

『H2O』初回特典『H2Oオフィシャルアートワークス』スタッフコメントページのすかぢ氏Q&A


 もう完全に開き直って認めている。だからと言って自分の性的嗜好を作品内にいれるのはどうかとも思うが……。
 このすかぢ氏の偏愛っぷりを見るに、いつかプチケロQから全ヒロイン“ふたなり”のエロゲーが出たりしないかとヒヤヒヤしているのだが、まだそのような企画は発表されていない。“普通の女の娘かと思っていたら全員ふたなりだった。”そんな恐ろしいエロゲーが資金に余裕があったら作られそうで怖い。

 *4 ふたなりとは男性器を女性器両方を有する人間のこと。
 *5 おまけや夢オチではあるが。
 *6 サークル 子犬艦隊『ASTUMETA』やホームページ39computer(http://koinu39computer.blog42.fc2.com/)など
 *7 サークル 子犬艦隊『ASTUMETA』に収録されているゲストイラストの多くがふたなりである。



4. “ふたなり”とは似て非なる属性“男の娘”

 “ふたなり”ともう一つ、すかぢ作品の性的嗜好を語る上で重要な属性がある。それが“男の娘”(*8)である。昨今、“男の娘”(“女装少年”含む)のブームが来ているが、すかぢ氏は先駆けて『二重影(2000)』からそのようなキャラクターを登場させている。
 『二重影』では北条主税という美少年キャラクターが女装して主人公の寝込みを襲撃するシーンがあるのだが、そのシーンで特定の選択肢を選ぶと逆に主人公が北条に襲いかかり、主人公と北条とのHシーンが見られるようになっている。これはいわゆる“やおい”と言っても差し支えなく、本当に男同士でやっている。男同士というのはそもそも美少女ゲームではあまりなく、当時では初であったかもしれない。『モエかん』では隷という中性的な男キャラ(心は女性)が主人公に奉仕する場面が存在する。『H2O』では八雲はまじという男の娘キャラクターが登場し人気を博した。『√after and another』では主人公とはまじのHシーンも存在する。素晴らしき日々の間宮卓司は女装して不良の男子高生に口で奉仕をする。女の娘に男性器を生やすのではなく、主人公と男キャラを絡ませることによって男性器をより多く登場させるのがすかぢの狙いだろうか。いつか全ヒロイン“男の娘”のエロゲーが(ry。

 *8 一口に“男の娘”と言っても諸説あり、“女装少年”をそれに含むかむくまないかもあるが、ここでは含むものとする。


5. “ふたなり”と“男の娘”、2つの属性の検証

 ふたなりと男の娘、その2つの属性とすかぢ氏の関連性をより強固にする根拠として次の事例もある。すかぢ氏はシナリオ以外に一部の原画(キャラクターデザイン)も兼任している。『終ノ空』や『二重影』では原画担当キャラクターも多かったが、『モエかん』や『H2O』では多忙のためすかぢが原画を務めているのはメインキャラクターでは1キャラクターだけである。そのキャラクターというのが朝霧かずさ(ふたなりシーン有り)と八雲はまじ(男の娘)であるのだ。あえてそのようなキャラクターをわざわざ自分で担当するあたり、そのような属性が好きなのは確かだろう。男性器を有している(=生えてる)可愛い娘が好きだというのが。
 それを裏付けるデータとして、表1にすかぢ氏の著作とふたなり・男の娘ヒロイン及びそのHシーン数をまとめた(*9)。
  エロゲーシナリオライタ論

『しゅぷれ~むキャンディ』『テレビの消えた日』を除くほぼ全ての作品にふたなりもしくは男の娘が登場している。またそれらの属性を持つキャラクターのHシーンもまた多く存在し、全Hシーンに占めるふたなり・男の娘のHシーンは『モエかん』『H2O』を除いて20%前後の高い割合を有している。
 表1より1作品につき、1人~2人は生えている可愛い娘がいることがわかる。以上より、氏が冒頭で述べた“チ○コ神”だというのは間違いないだろう。
 このような性的嗜好を持つすかぢ氏。すかぢ氏の作品を延々とやり続けた私、作品に影響されてこのような嗜好に目覚めてしまったというのは……ここで明言するのは控えておく(*10)。

 *9 回想モードに登録されているHシーンをカウント。『終ノ空』については直接確認。
 *10 はまじ…こんな可愛い子が… -udkの雑記帳ー (http://udk.blog91.fc2.com/blog-entry-327.html)を参照



6.結言

 本稿では「すかぢ作品に見る性の描かれ方」と題して、すかぢ氏の作品に見られる「性」の特殊性について述べた。
 2章から4章でそれぞれ下記3つについて述べ、

 ・すかぢと言えば、スカトロ自殺の略
 ・すかぢと言えば、ふたなり好き
 ・すかぢと言えば、男の娘好き

5章にて、

 ・すかぢ氏は、男性器を有している可愛い娘が好き

という結論を得た。すかぢ作品にはそのようなキャラクターが毎回出てきている。

 今後のすかぢ氏の作品ではこの性的嗜好がどう描かれるだろうか? すかぢ氏の次回作『サクラノ詩』には、既に男の娘「八雲はまじ」が登場することが決定している。学園物の『サクラノ詩』にさらにスカトロもしくはふたなりが登場すれば、すかぢ氏が本気であることは間違いないだろう(性的な意味で)。



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[2010.08.12(Thu) 23:40] ノベルゲーコラムTrackback(0) | Comments(2) 見る▼
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訂正:舞→彩 by 通りすがりです
楽しく読ませていただきました。

「3. すかぢ氏の代名詞“ふたなり”」にひとつ訂正が必要と思われる箇所があります。

「この中でも特に『二重影』では舞というふたなり娘の自慰シーンにあえてアニメーションを投入するという力の入れ用が見られる。」

自分の記憶ですと、自慰アニメーションがあったのは舞ではなく「彩」というキャラクターだったと思われます。

二年前の記事に対して今更アレかも知れないですが・・・
「すかぢ論 ~11年にわたる「生の意義」の探求~」と合わせて読ませていただいた時に気になったのでコメントしました。

エロゲというとんがったサブカルに対しての真面目な論文形式のアプローチ面白かったです。ヽ(´▽`)ノ

Re: 訂正:舞→彩 by udk
読んでくださりありがとうございます。
そしてご指摘の方もありがとうございます。
本文を修正しました。

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素晴らしき日々について語る日々 

2010年07月16日 ()

 最近というかここ3ヶ月くらいずっと素晴らしき日々の話を続けている当ブログですが、レビュー、考察、オナヌーと終ノ空/素晴らしき日々でどうしても言っておきたいことはだいたい書き終わりました。
 しかし、まだひとつだけ言っておきたいことが残っていてちょっとモヤモヤしています。それは4月頃に話していたすかぢ論で書いたネタでして、素晴らしき日々をやって最も言いたかったことだったりします。そのすかぢ論がまだ一般公開されていないのがモヤモヤしています。早く夏コミ来ませんかねー。

 しかし、この調子だと延々と素晴らしき日々をループして記事をあげ続けそうです。記事に出来そうなネタもまだまだありますし。なんか素晴らしき日々だといくらでも話ができそうな気がします。
 でもあんまりひとつの作品に囚われ続けるのもよくないので、そろそろ新しいノベルゲームにでもとりかかろうと思います。さすがに上半期を終えて新作を星メモEHと素晴らしき日々しかやっていないのはまずい気がする……

 というわけで、次回からは新作の話を。属性話を絡めながら。割と馬鹿話です。



 あー、でも20日は大事な日なので素晴らしき日々話を入れるかも。

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[2010.07.16(Fri) 23:59] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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素晴らしき日々は究極のオナニーを示した作品である……??? 

2010年07月15日 ()



男子って生き物は…優しさと半分の精子で出来ている。
by 水上由岐


 ではその精液を出さないといけませんよね。でないと汗といっしょに精液が出てきます。
 それでどうするか。


 オナヌー(水上由岐風)


となります。というわけで今回は素晴らしき日々のオナヌー話です。ネタバレも混じっているのでご注意を。


 まず、素晴らしき日々のアダルトシーンはオナヌーと妄想でできています。全部で24あるアダルトシーンうち、半数はオナヌーシーンで構成されています。普通のセックスシーンはその残った半数のさらに半数だけなんですね。残るは妄想・夢・幻覚その他特殊なシーンとなっています。
 このようにそもそもアダルトシーンの割合からしてオナヌーゲーなわけです。そのオナヌーシーンをランクわけすると以下のようになります。


 レベル0(動物レベル)  …人を捨てて本能のままのオナヌー(自転車./道端)
 レベル1(卓司レベル)  …女装してのオナヌー
 レベル2(イジメレベル) …人の目のある飲食店やカラオケボックスでのオナヌー
 レベル3(賢者レベル)  …机を美少女に見立ててのオナヌー
 レベル4(救世主レベル)…フタナリ美少女を妄想
 レベル5(究極レベル)  …悠木皆守のオナヌー



素晴らしき日々ではこのように様々なオナヌーが見られましたが、その中でも究極のオナヌーが悠木皆守のオナヌーです。

 彼の肉体には複数の人格が宿っているのですが、彼は自分の人格のひとつである水上由岐と性行為に及びます。皆守の視点から見ると普通の性行為でしたが、もしあれを他の視点から見たらどう映ったでしょうか?羽咲やマスターからだとどう見えていたでしょうか?
 ここで「Witch Dreamed it」にて羽咲が卓司と皆守の対決の結果をどのように観測したのかということを思い出しましょう。彼は対決の結果、自分の胸にナイフをつきたてていました。つまり、人格同士の干渉の結果は肉体に残るわけです。ということは皆守×由岐のシーンは羽咲から見ると、1つの肉体で皆守と由岐が交互にしゃべっているように聞こえるはずです。そして最終的には皆守は達するわけです。先ほどの対決で結果が残ったように、この場合も結果が残るはずです。ということは皆守は射精を……。これは事情を知らない人から見ると、皆守が1人変なことをつぶやきながら達しているように見えるのではないでしょうか?
 他人に見えないように心の中だけで人格同士のやり取りを行うこともできるそうですが、あれは絶対そんなことを気にせず、イチャイチャしていたと思うんですよね。
 それでこれって最高のオナヌーだと思うわけですよ。直接モノをさわっているかどうかは別として、心の中では最高に気持ちよくなっているはずです。


 以上より、素晴らしき日々は、脳内で全てが解決される究極のオナニーを示した作品である。


という妄想(オナヌー)を思いついたのですが、どうでしょうか? さすがに無理がありますかね。



 私もこの究極のオナヌーを実践……するには相手になってくれる人格がいませんでした。
 いつか水上由岐の人格をこの身に宿してみせます。


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[2010.07.15(Thu) 23:02] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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考察:素晴らしき日々 -ざくろメール一通目の謎- 

2010年07月11日 ()

 先日の素晴らしき日々の考察において、


最初のざくろメール (393)

こんにちは、ツイッターから流れてきました。
すばひびの考察読ませていただきました。

実は私もすばひびについてなんとかまとめようと思っているのですが、ざくろメールの1通目を誰が出したか分からず、そこで考えが止まってしまいます。
ざくろメール1通目はどのように判断されましたか?

では、
[ 2010.07.07(Wed) 22:52] URL | ねぎ #- | EDIT | ↑


という質問をいただいたので今回はそれについて考えてみようかと思います。



 まず、ざくろメール一通目についてまとめると

 ・2012年7月12日22時44分に、高島ざくろの携帯から裏掲示板の利用者に一斉メールが送られる
 ・メールの内容は8日後にみんな死ぬという呪いメールのようなもの
 ・しかし、高島ざくろは既に死んでおり、物理的に携帯メールを行うことは不可能
 ・また、高島ざくろの携帯電話は間宮卓司が事故後すぐに現場から持ち去っており、作中では他の人間が使用している描写はない


このように作中の情報からは誰も送れないように思われます。いわゆる“語り得ないもの”ですね。そこで、いくつか仮説を立ててこの問題を検証していくことにします。



仮定1……間宮卓司が送っていた


 事故後、ざくろの携帯電話は間宮卓司がずっと所有しており、他の人間が使用することは不可能です。卓司以外にこのざくろメールを送ることはできません。したがって、その時間に卓司がメールを送ったということになります。ざくろメールの一通目を見た時、彼はすごく驚いていたので、もし彼が送っていたとすれば無意識に行動していたということになるでしょう。



仮定2……間宮皆守もしくは水上由岐が送っていた


 間宮卓司が所有していたということは間宮卓司に宿る他の人格が所有していたということと同義です。したがって、間宮皆守や水上由岐が送るということも可能です。しかし、仮定1の間宮卓司と同様、彼らがメールを送信している描写は作中にはありません。それにメールを送る動機自体も全くないので、物語的には無理があるでしょう。



仮定3……他の人格が送っていた


 作中では、間宮卓司、水上由岐、悠木皆守の3つの人格が存在していましたが、他にも人格が存在しているとしたらどうでしょう。語られていないだけで、7月12日22時44分にだけ偶発的に新たな人格が発生したとしたら?高島ざくろの人格が発生したとしたら?作中で途中から2パターンの由岐が存在していたように、新たな人格が生まれたという可能性も否定はできません。



仮定4……他の人物が送っていた


 作中で語られている視点は5つだけです。他の人物の視点はどうなっているかは作中では語られていません。したがって、It's my own Inventionの橘希美香のように間宮卓司が眠っている隙に他の誰かがメールを送信していたということも考えられます。誰かはわかりませんが希美香のようにしてメールを送った人物がいたのかもしれません。



仮定5……ざくろの死体が動きだして送った


 It's my own Inventionにおいて間宮卓司は、地面を這う高島ざくろの死体を確認します。あの動く死体は事実で、その死体がメールを送ったのかもしれません。



仮定6……実はメールなど送られていない


 そもそもざくろメール自体、間宮卓司その他が見た幻覚ということも考えられなくはありません。間宮卓司には様々なものが見えていたので、ざくろメールもそのひとつだったということも考えられます。



仮定7……Dawn the Rabbit-Hole Ⅰ(夢の中)のざくろが送った


 Dawn the Rabbit-HoleⅠ(夢の中)にて高島ざくろが最初で最後のイタズラと称してメールを送っています。このメールが皆に届いたという仮定はどうでしょうか。
 Dawn the Rabbit-HoleⅠは音無彩名が夢の中と呼んでいるように水上由岐の夢であり、Dawn the Rabbit-HoleⅡや他の章(現実)とは世界が異なります。しかし、世界が異なっていたとしても、夢の中から現実世界に対して干渉できるとしたらどうでしょう。
 夢の中の高島ざくろはまるでそれが可能であるかのような言動を取っています。そのひとつがウサギの人形を屋上から落下させるという行為です。この行為は、屋上から落ちる人形を飛び降りている人に見立てています。落下中の人形を浮かせることでその人を助けようとするものです。この行為の結果かどうかは定かではありませんが、JabborwookyⅡにおいて悠木皆守は飛び降りから助かります。これがもし、高島ざくろが行った人形の浮遊によって助かったものだとしたら?もしそうだとすると、夢の中から現実に干渉できるということになり、高島ざくろが夢の中からざくろメール一通目を送れるということになります。



 以上、7つの仮定をあげました。私は仮定7の可能性が一番高いと考えていますが、事実は仮定1~6のいずれかかもしれませんし、この仮定の中にはないかもしれません。



 さて、あなたはどの仮定がお好みですか?




 参考:考察:素晴らしき日々の世界観


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[2010.07.11(Sun) 23:47] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(6) 見る▼
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by wata
個人的には琴美の血統は死者を引き寄せる~云々の設定から
死亡したざくろは由岐のように宿っていて、夢の中でメールを送っているとき
現実で主人格として行動出来ていたのではないかと思っています。

順序が逆になってしまいましたが、レビュー読んできます

by udk
>琴美の血統は死者を引き寄せる~云々の設定

なるほど、こういう見方も出来ますね。
なかなか筋が通った見方ですね。
では、仮定8はwataさんの節で。

by ねぎ
わざわざ取り上げいただきありがとうございます。

私も別個に考えていて、仮定6に辿りつきました。
他の誰もざくろメールの1通目を受け取っていなくて、且つ他の人格がこのメールを確認していなければ矛盾が生じないと思います。なので、もっかい確かめですかねー。

仮定7ですが、それを言い出したら、なんでももうアリなような…。個人的にはオカルト要素をできるだけ少なくしてまとめたいと思ったり、そうしたら由岐の幽霊の話がつかないと思ったり。

もうひとつ現実的な手段として、外部のPCから携帯発になるようなメールを送るように設定しておくという手があります。しかしながら、ある程度PC(由岐並)の知識が必要なので結構面倒かもしれません。

さて、彩名さんの好みの仮説はでましたかね?
では

by udk
ねぎさんは仮定6でしたか。私、wataさん、ねぎさん、みな意見が違っていておもしろいですね。

外部のPCから携帯への接続は仮定9ですかね。仮定4にもちかいですけどこれは別で。

音無さんはこの件についてどう考えているんでしょうね。来週発売するビジュアルアーカイブに何かしら情報が載っているといいですね。

by 月見酒
ざくろが落としてた人形の意味が仮定7を見てうなずけました。 あの落としてた人形の意味だけがなかなか把握できなかったのですが参考になりました。 ありがとうございます。

無し by 慈航普渡
仮定7が気に入ります。こうすると、その時、高島さんの状態はなかなか面白いですね。平然とゆきと話しながら、「痛いよ痛いよ」とメールを送信している、「傑作」って言うべきでしょうか。

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考察:素晴らしき日々の世界観 

2010年07月07日 ()


◆ はじめに -素晴らしき日々の世界観の特殊性-


 素晴らしき日々は通常のフィクションとは異なる特殊な世界観を有しています。それは、終ノ空Ⅱにおける水上由岐と音無彩名のやり取りを読んだことならわかることでしょう。

 作中においても……


説明ならいくらでもつけられる……この世界に注釈を……
それは人が望んだ数だけ増やすことが可能

終ノ空Ⅱ 音無彩名

とある通り、世界観に明確な“形”というものが存在しません。このテキストを参照すると、世界の解釈は人それぞれであり、プレイヤーの数だけ世界が存在するということになります。終ノ空Ⅱでは、その解釈の例として、7つの仮定があげられました。

 その中から今回は仮定7をもとに、私が考えている素晴らしき日々の世界観について述べていきます。
 プレイヤーの数だけ存在する素晴らしき日々の世界観解釈の一例として参考にどうぞ。



◆ 仮定7から導き出される世界解釈



仮定7……全ての存在は一つの魂によって作り出された

終ノ空Ⅱ 音無彩名

 この仮定7から音無彩名は以下のように続けます。


「一つの魂が全ての役割を持てば良い」
「高島ざくろも間宮皆守も間宮卓司も……間宮羽咲も若槻鏡も司も一つの魂が見た風景」
「たった一つの魂の……無限の輪廻転生」
「時間、空間を超越した……無限の輪廻転生……もしそれが可能なら世界に魂はいくつもいらない」
「世界はたった一つの魂の輪廻によって作り上げられた世界」


 この仮定から水上由岐は以下のように推論します。
 水上由岐・間宮卓司・悠木皆守・高島ざくろ・間宮羽咲……これらは全て同一の魂“私”によって作り上げられた世界であると。

 ここで私はこう考えます。

 この同一の魂“私”とはすなわち“プレイヤー(読み手)”のことである。

終ノ空Ⅱにおける水上由岐は、様々なルートの記憶を有しています。この状態は、作中の登場人物が1人では決して知り得ない情報を複数の語り手の視点を通して得ているプレイヤーに限りなく近いものです。この時点における水上由岐は=プレイヤーとすることができます。
 そして素晴らしき日々では一つの章が一つの視点だけで成り立っており、全体として6つの章で構成されています。プレイヤーは1章では水上由岐の視点で7月12日~20日を、そして2章では間宮卓司の視点で7/2~7/20の世界を追体験していきます。そうして3章、4章と同一の世界を異なる視点・期間で読んでいきます。これは1人のプレイヤーが同一世界を異なる視点・期間で何度もをループしているということであり、すなわち、「たった一つの魂の無限の輪廻転生」であると言えます。
 また、音無彩名がプレイヤーに向かって話しかけているような場面が多々あるのもそれを示しているでしょう。



◆ 音無彩名とは?


 このように作中の登場人物の視点=プレイヤーの視点とすると、仮定1~7をあげたり、プレイヤーに向かって話しかけたりする音無彩名はいったいどのような存在なのでしょうか?
 ここで私はこう考えます。

 この“音無彩名”とはすなわち“すかぢ(書き手)”のことである。

つまり音無彩名とは、物語の書き手たるすかぢ氏の代弁者ではないかということです。
 終ノ空Ⅱ読了後に挿入される、JabborwookyⅡの冒頭の新規シーンにおいて、


「わたしは音無彩名、そう呼ばれているもの、ここは境界……」
「そして……魂が何度もやり直すための……地点……」
「あなたの選択で……世界は……変わる……」
「私から質問……あなたのいう“今”はどこ?」


このように音無彩名(書き手)がプレイヤー(読み手)に向かって語りかけていき、間宮羽咲(素晴らしき日々)/水上由岐(登れない坂道)/終ノ空Ⅱ/夢の中(Dawn the Rabbit HoleⅠ)のどのルートが読みたいかプレイヤーに向かって選択肢を提示します。この一連のやり取りや、音無彩名の世界の法則を超越した行動はまさに作品の創造者たる作者ではないでしょうか。



◆ 副題“不連続存在”が指しているもの


 『素晴らしき日々』には“不連続存在”という副題がつけられています。自己の不連続性とは、私達人間の存在が物理的な意味での時間の連続性(プランク時間)を保っていないというのことなのですが、この意味においては物理的にそうなっているので今回深く掘り下げる必要はないでしょう。作中では、1つの肉体に水上由岐・間宮卓司・悠木皆守の3人の人格が宿っている様子を不連続存在として描いていました。しかし、この不連続存在は他にも意味を有しているのではないでしょうか? それは

 不連続存在とは作品におけるプレイヤー(読み手)の視点そのものを表わしている。

ということです。
 通常、人は存在の連続性を持って生活しています。しかし、創作物における登場人物はその人物の1分1秒全てが描かれるというわけではなく、ストーリー上必要な場面だけが描かれます。そこで、その登場人物に一つの不連続性が生じます。『素晴らしき日々』は創作物における登場人物の不連続性と不連続存在という設定をうまく使った構成になっていました。そして、登場人物の視点=プレイヤーの視点としている『素晴らしき日々』では、その登場人物の不連続性をもって創作物における読み手の視点の不連続性を描いているのではないでしょうか。




◆ おわりに 


 「世界は私だけで出来ている」
 「人は他人を理解することは出来ない」


 現実に存在している世界と“私”というフィルターを通してみた世界は別物です。そのため、“私”という自己のフィルターを通して読んだ素晴らしき日々と他の人が読んだ素晴らしき日々は完全に一致することはあり得ません。作中でも、他人の痛みを理解するという行為はあくまで想像でしかなく、他人を理解しようとする行為もあくまで想像の域を超えることはないという例えで示していたように……。
 それは“私”という自己が存在するからであり、その自己によって定義される世界には同一のものは存在しません。したがって、“私”の中の世界は一つだけであり、“私”の中の素晴らしき日々の世界もたった一つだけ存在します。作者(すかぢ)の考えている世界観もまた一つだけ存在していることでしょう。物語の解釈は人それぞれ、世界は人の数だけあります。それら、他の方の世界解釈については

 「語り得ぬものには、沈黙せざるを得ない」

ということで、私には沈黙せざるを得ません。これをご覧の方々の解釈を期待しています。




 参考:終ノ空 レビュー ~語りえぬことには、沈黙せねばならない~
     素晴らしき日々~不連続存在~ レビュー ~テーマの重要性~



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[2010.07.07(Wed) 22:10] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
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最初のざくろメール by ねぎ
こんにちは、ツイッターから流れてきました。
すばひびの考察読ませていただきました。

実は私もすばひびについてなんとかまとめようと思っているのですが、ざくろメールの1通目を誰が出したか分からず、そこで考えが止まってしまいます。
ざくろメール1通目はどのように判断されましたか?

では、

by udk
はじめまして、ねぎさん。

なかなか考察しがいのある問題ですね。
話すと長くなりそうなので、コメント欄ではなく、記事を改めてお答えします。少々お待ちください。

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素晴らしき日々~不連続存在~ レビュー ~テーマの重要性~ 

2010年07月05日 ()
 


素晴らしき日々 ~不連続存在~ 特装初回版
タイトル    素晴らしき日々
メーカー   ケロQ
発売日    2010年3月26日
シナリオ   すかぢ
原画      基4% , 硯 , 籠目 , karory , すかぢ
音楽     ryo , szak H.B STUDIO
プレイ時期 2010年3月
プレイ時間 35時間
評点     99








◆ 「語り得ぬもの」を示した『終ノ空』と『素晴らしき日々』

 「語りえぬことには、沈黙せねばならない」
 作品全てを使ってこの一文を示そうとしたのが『終ノ空』という作品でした。その11年後、『終ノ空』の設定を土台に『素晴らしき日々』という新たな物語が作られました。『素晴らしき日々』でもまた「語り得ぬこと~」を示す姿勢が見られましたが、作品全てがそこに向かっていた『終ノ空』と比べるとその点に関しては完成度が落ちていました。
 それでも、私はこの『素晴らしき日々』の方を推します。それは、『素晴らしき日々』で描かれていたものが素晴らしかったから。「語り得ぬこと~」に変わり、物語のメインテーマとして掲げられていたものに感動したから。そして、この『素晴らしき日々』に特別なものを見出したからです。


◆ 大きな変化をもたらしたテーマ

 『素晴らしき日々』は『終ノ空』と比べると、その与えられる印象が大きく変わりました。同じ設定を元にしながら、どうしてそんなにも変わったのでしょうか?それは、「語り得ぬこと~」を示していた『終ノ空』に対し、『素晴らしき日々』は別のストーリーの核となるテーマが存在していたことに起因します。そのテーマとは、


幸福に生きよ!

Ludwig Josef Johann Wittgenstein 『草稿 1916年7月8日』
『素晴らしき日々』第六章「JabberwockyII」


です。「語りえぬこと~」「幸福に生きよ!」どちらもシナリオライターのすかぢ氏が最も影響を受けたという哲学者「ウィトゲンシュタイン」の著作の一文です。同じ哲学者の言葉ですが、この2つは大きく異なります。すかぢ氏の作品に対する姿勢が変わって、メインテーマがこのように変わったことは作品に大きな変化をもたらしました。


◆ “駒”ではなく“人”として描かれたキャラクター

 そのテーマに沿って作られた物語には“人”というものがしっかりと描かれていました。『終ノ空』は「語り得ぬもの」を示すために必要なこと以外をほとんど削ぎ落としてしまったために、キャラクターの言動がわかりにくく、電波と称されることも多々ありました。しかし、『素晴らしき日々』はそれとは異なり、登場人物に背景を与え、心情を丁寧に描写することによって、しっかりと意思を持ったキャラクターが生まれました。そうすることで読者は物語に入り込みやすくなりましたし、そのキャラクターの物語も起伏のある魅力的なものになりました。


◆ 独特の世界の美しさ

 そして、そこで描かれた世界というのは他に類を見ないものです。1人の少女の選択から全ての歯車が狂っていく物語は、連続飛び降り自殺事件を経て、新興宗教の驚異的な広まりにつながっていきます。『終ノ空』ではあっと言う間に終わってしまったその物語も、過程がしっかり描かれたことで厚みが増して、読み応えのあるシナリオになっていました。『終ノ空』では新興宗教の異様さだけが描かれましたが、『素晴らしき日々』ではその成立の過程や実態、独特の価値観が多分に描写されていました。


◆ 最悪の結末から新たな結末へ

 しかし、そうしてただ厚みを増しただけの物語ではどうあがいても『終ノ空』と同じ結末へと収束していきます。それは全ての歯車が悪い方に向かって行った結果であり、素晴らしき日々からは遠いものです。その歯車をどうやってずらしたか。そこで「幸福に生きよ!」のテーマが活きてきます。『終ノ空』でも問うた「何故、人は存在しているのか?」という命題。この「生の意義」に対して、「幸福に生きるため」という結論を得たすかぢ氏は、キャラクターに“生きる”という強い意志を持たせることによって物語に分岐を生じさせました。最悪な結末から“幸福に生きる”という意思によって切り開いた未来は、タイトルに恥じることのない素晴らしき日々でした。
 この分岐に関してはどのキャラクターも幸福を享受できるようになっていたのも良かったです。中にはそれが一瞬であったり、夢であったりするキャラクターもいますが、視点となった5人のそれぞれの幸福な時間が描かれていました。
 ただ事件をそれぞれの視点で追っていっているだけに過ぎず、物語に結論が出ていなかった『終ノ空』。その『終ノ空』が「幸福に生きよ!」のテーマをもとに描かれることで斯くも素晴らしい物語になっていることに、私は感動しました。



◆ 最後に……何が特別なのか

 この『終ノ空』『素晴らしき日々』は自分の中で特別な作品に位置にします。それは、他の作品では得られなかったものがそこにあったからです。
 そのひとつが、テーマの重要性を意識すること。今まで私はそれほどテーマというものを意識してきませんでした。しかし、メインテーマが変わることで物語が大きく変わった『素晴らしき日々』を読むことで、その重要性がよくわかりました。
 もうひとつが、視野の広がり。、それぞれのメインテーマの「語り得ぬことには、沈黙せねばならない」「幸福に生きよ!」、これらは短い文ですが深い意味を持ちます。これらのテーマの意味を考えることで、自分の中に新たな物の見方が生まれました。他にも「ウィトゲンシュタイン」「カント」「クザーヌス」などの哲学者の思想、それから「銀河鉄道の夜」「シラノ・ド・べルジュラック」「鏡の国のアリス」など多くの古典文学の内容が作品内に随所に散りばめられていて、それらの書物を調べたり、実際に読むことで自分の視野が広がりました。
 私はこれまで1つの作品に対して、それほど深く考えるということはしてきませんでした。けれど、この『終ノ空』『素晴らしき日々』という作品に対しては本気で向き合うことができたと思っています。その成果が作品内のテーマについて考察したレビューやすかぢ論となっています。作品を読み解くというにはまだまだ拙いものです。ですがこの作品に出会い、考えたことで、これからの私の創作物に対する姿勢は確実に変わってくるでしょう。




 参考:終ノ空 レビュー ~語りえぬことには、沈黙せねばならない~
    考察:素晴らしき日々の世界観

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[2010.07.05(Mon) 22:01] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
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wata by -
素晴らしき日々で一番印象的だったのは卓司の希実香ENDですね
当人たちがやっていることはとても正常とは言えないのに
そのくせなぜか透明感というか綺麗な感じがあるという。
終ノ空とは異なってるとは言え、彼のああ言った面を見せられると色々考えてしまいます。
そのせいか2章始まりの「それでも人よ! 幸福たれ!」が非常に印象深い…

ところで今日の日付は…

by udk
2章の希美香と卓司のやり取りはいいですよね。屋上で旋律を奏でたりするシーンは本当に美しい。



それで……今日はあの日ですね。
世界が大きく分岐する日。
せめてあの娘のために、人形を落としてくれる人がいたら……と思います。

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満足度=おもしろさ、とは限らない 

2010年07月01日 ()

 お待たせしました。レビューが読みたいという wata さんの期待にお答えしまして、素晴らしき日々終ノ空のレビューです。

 ・終ノ空 レビュー ~語りえぬことについては、沈黙しなくてはならない~

 いや、素晴らしき日々のレビューを書いていたんですが、その中で終ノ空について書いていたら、終ノ空の方がメインになってきたので予定を変更して終ノ空レビューになりました。wataさんには申し訳ない……。でも、終ノ空について語るということは素晴らしき日々について語るということとも似ているということで、ご容赦を……。素晴らしき日々レビューの方はまた後日。今度こそ週末には。


 あと、今回のレビューは結構自己満足度は高いやつだったりします。思いの外うまくまとまったような気が(最後の方の段落を削除するかどうかは迷いましたが。あと、『論理哲学論考』については良く理解できていないので、ツッコミ所が多いかも。)
 このブログも現時点で600以上の記事を書いているわけですが、その中には当然うまく書けたと思うものもあれば、失敗したと思うものもあるんですよね。よく書けたと思うものについては、着眼点がよかったり、文章の構成が良くできてたり、しっかり自分の主張が伝わるような文章になっていたりといったことが共通します。それに対して満足度が低いのは、ネタがつまらなかったり、何が言いたいのかわからないような文章になっていたりすることが多いです。なるべく満足度の高い記事をたくさん公開したいところですがそれもなかなか…。
 そして外から見るとその自分の思っている良い記事の感覚がずれることもたまにあって……。良いと思った記事がうけなかったり、ダメだと思った記事がうけたりよくわからないことがたまにあります。前回の記事とか。自分と他人が違うと思う時ですね。他人の世界は完全に理解し得ません。
 というわけで、今回のレビューのどこが気に入っているかは読んでもらえたらということで。読んでいただけたら嬉しいです。このブログの1ヶ月の更新分を詰め込んであります。これで1ヶ月更新無しをフォローしたつもり(マテ。あ、でもこんな自己満足度について語るならもっと誰もが読めるコラムを対象記事にした方が良かった……?




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[2010.07.01(Thu) 22:50] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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終ノ空 レビュー ~語りえぬことには、沈黙せねばならない~ 

2010年07月01日 ()


終ノ空タイトル    終ノ空
メーカー   ケロQ
発売日    1999年8月27日
シナリオ   すかぢ
原画      基4% , すかぢ , にのみー隊長
音楽     Bandit
プレイ時期 2007年以前
プレイ時間 5時間
評点     89






語りえぬことには、沈黙せねばならない

Ludwig Josef Johann Wittgenstein 『論理哲学論考』
『終ノ空』第一章



 『終ノ空』とはこの一文を示すために作られた物語である。これを示すために最小限の構成で作られたシナリオは“電波”や“狂気”と呼ばれることも多いが、作品の本質はこの一文にある。

 本レビューでは、本作のシナリオライター兼監督のすかぢがどのようにして作中でそれを示したのか、『終ノ空』における“語り得るもの”“語り得ないもの”の2つに焦点を当てて話を進めていきます。


 『終ノ空』ではこの“語り得るもの/語り得ないもの”を提示するために、“人の認識の違い”を例にあげました。その認識の違いが出やすい構成として採用されたのがマルチビュー形式です。それは、第1章を水上行人の視点とし、第2章を若槻琴美、第3章を高島ざくろ、第4章を間宮卓司と1つの事件を4つの視点を以て語るというもの。この構成には1章では語られなかった事実が2章・3章の視点では明らかになっていくという多視点の章形式ならではの利点がありますが、この『終ノ空』ではそれ以外にもう一つ意味を持ちます。それは視点によって見える世界が全く違うということです。
 それが最もよく現れているのが1章と4章の対比です。1章の水上行人の視点で見える世界というのは私達読者にとって通常の世界でした。けれど、4章の間宮卓司の視点ではどうだったでしょうか?彼には宙に浮かぶ目玉や校舎を徘徊する死体など、水上行人の視点では見られなかったものが見られました。そして彼には終ノ空という世界の終わりを示す空まで見えていました。この間宮卓司の視点で描かれていたものは明らかに異質であり得ないものに私達読者は見えます。しかし、間宮卓司にはそう見えるのです。電波でも狂気でもなんでもなく、あの世界こそが間宮卓司の世界なのです。

 このように同じ世界を見ているはずの2人にそれぞれの視点でこのような違いが出てくるのは何故でしょうか?
 それはそれぞれが自己を有しているからであり、その自己を通して見た世界というのは全く同じということはあり得ないからです。これまでの人生の経験や考えによって、自己というものは確実に違います。自分というフィルターを通した世界はその自分にしかわかり得ません。
 これは“認識の違い”とも言えます。わかりやすく五感で例えると、人より少し光の見える波長域が広い(他人が見えない色が見える)とか、可聴領域が広いといったことでも認識の違いというのは出ます。この認識の違いのために自分の見ている世界と他人が見ている世界は完全に一致することはありません。同じ世界を見ているはずなのに違うものが見えるのです。間宮卓司の見えていたものは水上行人と極端に違っていましたが、あれがほんのわずかな違いだったらどうでしょう。ほんの少し空の色が違っていたり、かん高い音が聞こえるだけだったら?それは十分にあり得ることです。作中でも卓司の信徒達が見える終ノ空が異なっていたように、人によって見える世界が違うというのは当然のことなのです。

 このように認識の違いから“語り得るもの/語り得ないもの”を分けると、語り得るのは自分が見たものだけであり、他人が見たものについては語り得ないのです。語り得るのは自己の世界それのみで、それ以外の世界については語り得ないものなのです。もっと言えば語り得る事が出来るのは今、“この瞬間”だけとも言えます。世界というのはどうなっているのかわかりません。世界はほんの1秒前に作られて過去の記憶もその時に作られたものかもしれません。しかし、それは“語り得ない”のです。
 そして、“語り得るもの/語り得ないもの”に関係なく、世界はただ在るのです。

 以上より、『終ノ空』は“語り得るもの/語り得ないもの”を明確にすべく作られた物語であると私は考えます。


 で、『終ノ空』が作品としてどうだったか、作品全てを用いて“語り得るもの/語り得ないもの”について述べたのはすごいことです。こんな作品は他に存在しないでしょう。すかぢの制作意図がそれに限るなら、この作品は完成しています。私はこの事実に深く感銘を受けました。
 しかし、これを娯楽作品として見るとなかなか評価が難しい。普通に見るとただの電波な人達の話です。スパイラルマタイなんて電波以外の何物でもない。そういう風に電波を楽しめれば別ですが、そうでなければ難しい。もしくは、“語り得るもの/語り得ないもの”以外に多数散りばめられている作者の哲学思想を楽しめれば……。この『終ノ空』は上述のような感じで他にも作者が自分の思想を山ほど詰め込んでいて、“語り得ぬもの”以外にも、生の意義や人の存在、不連続性に関してなど様々なテーマがあります。そんな一風変わったテーマの作品を読みたい人は楽しめるのではないでしょうか。
 このように難しい作品ではありますが、ただ、何にしてもこの『終ノ空』は他の作品には決してない特異性を持っています。「語りえぬことには、沈黙せねばならない」あなたにはこの言葉がどう映るでしょうか?



 参考:考察:素晴らしき日々の世界観
     素晴らしき日々~不連続存在~ レビュー ~テーマの重要性~

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[2010.07.01(Thu) 22:46] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(5) 見る▼
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by 暇な人
終ノ空、素晴らしき日々の理解の手助けとなりました。
ありがとう

by 神奈みずき
確かに特異な作品ですよね……。
いろんな解釈の表面を切り貼りした作品とも呼べるのですが、
インパクトや禍々しさはすごいです。
古代インドの法典からも引用があると聞いたのですが、それだけは未だに読めてないという……。

素晴らしき日々と終ノ空セットで見ると
すかぢさんの変化とかがよく見れるなあとしみじみ。

by udk
>暇な人さん

このレビューが少しでも参考になったのなら幸いです。


>神奈みずきさん

>いろんな解釈の表面を切り貼りした作品
みたいですが、中には何を指しているのかわからない文章も結構ありますよね。
>古代インドの法典
なんてものもあるんですか。いったいどうしてそんなものを入れようとしたのか気になるところですね。

by wata
終ノ空は素晴らしき日々に比べてバックボーン的な説明が省かれてるので
正直なところ行人が中二病にしか思えなかったり、あっという間に物語が進行したりして
訳分からん感じが増してますね
卓司の世界に出てくる異物が素晴らしき日々と似たようで微妙に違ってるのが面白いですw

中二病は共有された世界の中では真実となる by kamimagi
ケロQ作品ってのは衒学だの、嘘科学や擬似宗教を共有したもの同士にとってはそれらは共通の認識=真実で、そういう衒学を信じることで主要な登場人物は家族みたいにつながっている(だから一般人と異なる認識をもっている)っていうのはポイントだし、あそこにあるテツガクなんて雰囲気だけなんだから、ケロQはテツガクじゃなくてパンクなメーカーなのだから。

たとえば、UDK氏は分かり合えない他人の壁を語りえぬって取り上げたけど、原作ならば、一般人じゃ意味不明な前世だのオカルトを共有している人間とは、自分と他人の認識が溶け合って分かり合っているっていう自己撞着みたいなところはあるんだよ。

他人と私は絶対的な壁に阻まれてるといいながら、現実の認識を超えた超認識(一般人と異なる認識)でつながっている、スパイラルマタイをするフレンドたちとかみればいいけど。

あと、語りえぬがなんで、原著の最後にきているかってのは重要だよね。
『およそ考えられうることはすべて明晰に考えられうる。言い表しうることはすべて明晰に言い表しうる』
っていう前提があって、それまで延々と論理にはこういう性質があるよねって語っている(物事には両極があるけど、それらは断絶してるわけじゃなくて、ものさしの端と端のようなもので連続的につながってるよとか原著にはいろいろ説明があるのね)。
で、それで大抵のことは語りえるっていう前提があるわけよ。


原著でいう語りえぬものとは何かといえば。
オタクのたいすきな、ゲーデルの不完全性定理と同じで
それ単体では、それの存在を証明できないってのと同じだろうとは思いますけどね。
自分だけが何もない空間にぽっかり居ても、自分が自分があることはわからない。人間であるかもわからない。
それらを写す鏡や触るもの、あるいは他人が居ることで自分が居る、あるいは自分が人間で社会とつながっていることを確認できる。

自分だけで自分、あるいは自分の世界を証明できない。でも他人が居ればだいたい語りえるとは思うんですけどね。

見え方が多少違っても、同じ言葉でつながっているし
だいたい判る。厳密に一緒でなくともいいけど、だいたい仕組みが同じで出来てるから、一緒に見えている。
一人一人モノをみる仕組みが違ったら、眼科なんか出来ないですしね。
逆なんですよ、厳密に私と貴方が見ているものが同じであるかは証明できないけど、コミュニケーションすれば
だいたい同じ見方を見ることは出来るし、万一同じ見方ができなくても、同じように仕事はできるんです。

長文失礼。
---------------------------------------------
>不完全性定理は「できない」というところが強調されるが、公理系を十分弱くすればこれは証明できなくなるのだから、これはZF等がいかに高い能力を持つかを示していると思うのです。
ttp://d.hatena.ne.jp/nuc/20051113/p9

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生きてます… 

2010年05月02日 ()

 昨日の午前中、手違いで本来公開するつもりが無い記事が公開されてしまいました。
 すかぢ論の方に集中してしまい、予約投稿の日付をずらすことを忘れてしまいました。
 申し訳ありません。


 で、すかぢ論の方はだいたい書く内容は決まった感じです。
 間に合うかはわかりませんが。
 でもとりあえず、東京ドリパに参戦しに行こうかと思います。
 これは逃避ではなく…
 そう、論考の資料のために素晴らしき日々サントラが必要なのです。
 主題歌の歌詞を引用するかもしれませんからね。
 それに参考にオフで他の方の素晴らしき日々の感想を聞くというのも。

 というわけで明日は東京です。

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[2010.05.02(Sun) 23:21] ノベルゲー雑記Trackback(0) | Comments(4) 見る▼
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by コハク
>ドリパ
私も参加しますよ~
と言っても目的があまりないのですが……(ぇ

by udk
コハクさんも行かれるんですか。ひょっとすると会えるかもしれませんね。

by ヤタ
自分も昨日はドリパにいってきました。
ケロQの抽選会前のトークショーでは危うく
ネタバレっぽいのを聞きそうになって、そっこうで意識をずらしたりしました(ぇ

by udk
ヤタさんも行かれましたか。
私はドリパの間ほぼずっとケロQブースの周辺にいたので、もしかすると知らずにヤタさんとエンカウントしていたかもしれませんね。

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素晴らしきすかぢ作品の日々 

2010年04月22日 ()

 最近、家に帰ってまずやることが「素晴らしき日々を起動してBGMを流す」なudkです。エンディングの再生回数もそろそろやばい数になってきました。

 素晴らしき日々のサントラが欲しいです。今度のドリパで出るそうなのですが、大阪ドリパまで待つのがつらいです。ここはサントラのために東京遠征もアリかと思っています。そしてできたら素晴らしき日々オフに参加。スパイラルマタイごっことかやってみたいですね。
 でも、そのためにはすかぢ論を完成させるという試練が……。

 30×30詳細

 こっそり参加することになったので、最近はこれ用にすかぢ論を考えています。こんな大きな企画に自分なんかが参加しても良いのか、こんなつまらない原稿はいらないと突っ返されそうで怖いですが、まあ書けるだけ書いてみようかと思います。
 その原稿の締め切りが5月の連休後なので、ドリパまでに目処がついていたら東京遠征も実現可能。目処がつかなかったら必死こいて作業していると思います。こうやって晒すことで自分を追い込んでおきます。

 そのすかぢ論に必要(?)なデータとして、【ケロQ・枕作品のエンドクレジットに見る「すかぢ率」の高さ】を更新しておきました。エンディングムービー視聴回数が100回を超えてくるとスタッフ名も暗唱できるようになってきますね。
 そういうわけで今後もしばらく更新停滞すると思います。素晴らしき日々関係の記事くらいはあげていきたいところ。でもその前にすかぢ作品の再読を終わらせねば…



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[2010.04.22(Thu) 21:06] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(2) 見る▼
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by 神奈みずき
>30人×30説
何やらすごいものに出られるようで……。
完成物を是非読んでみたいです><

>すかぢ作品再読
ケロPディスクや、仔犬艦隊、同人ゲのモエサクラとテン等幅広いですし、大変でしょうががんばってくださいませ。

by udk
>30人×30説
 ええ、がんばって原稿を書き上げます!

>すかぢ作品再読
 ゲーム以外にもすかぢが書いてるものっていろいろありますよね。その辺も読み直さないと…。
そういやケロPディスクのことを忘れていました。モエサクラやもえテンなんかのグッズ、子犬艦隊の同人誌もだいたいそろってるんですけど、終ノ空以前のすかぢ作品は手にしたことがない…。すかぢ論を書くなら抑えとかないといけませんかね?

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ケロQ・枕作品のエンドクレジットに見る「すかぢ率」の高さ 2010年版 

2010年04月22日 ()

 ※ケロQ・枕作品のエンドクレジットに見る「すかぢ率」の高さ(udkの雑記帳,2008年10月29日 (水))より追加・改正


 私の好きなシナリオライターの1人にケロQ・枕代表のすかぢ(SCA-自)という人がいます。私がケロQ・枕の作品を追っかけているのも、この人の作品が好きだからです。

 さて、このすかぢですが、文章も絵も両方書けるという多才な人です。ケロQ・枕ではシナリオを書いたり、原画をやったり、演出をやったり、他にもいろいろなことをやっていますそれはもう、いろんなことを1人でやり過ぎてエンディングクレジットがすかぢの文字で埋まりそうなくらいに。

 こんなこと言ってもいまいち伝わりにくいと思うので、実際にケロQ・枕作品のエンドクレジットを元にどのくらいすかぢの名前があるか調べてみました。

 ※赤字:すかぢ
   クレジットを全部表に書き写すのは面倒だったので一部まとめたり省略したりしています。


ケロQ

タイトル終ノ空二重影(二重箱)モエかん(モエカす)
企画すかぢすかぢすかぢ
シナリオすかぢ 日の丸 にのみー隊長すかぢすかぢ 猫基地
サブシナリオ高瀬なおと(他2名)まじか 紫音
原画すかぢ 基4% にのみー隊長基4% すかぢ 2C=がろあ
2C=がろあ 基4% すかぢ
塗装すかぢ 基4% にのみー隊長UEM 猫基地 基4%
すかぢ 2C=がろあ
UEM NAKAM 硯
背景中者 すかぢ にのみー隊長すかぢ 猫基地吉田誠治 ケロQ
プログラムすかぢ ケミカル斉藤
(ゲームデザイン)
blueblue
資料提供すかぢ ケミカル斉藤 sakabe
アニメーター猫基地
広報YASUTAKA
サウンドTime BanditBlasterheadBlasterhead
キャスト関係
デバッグ
スペシャルサンクス
監督すかぢすかぢすかぢ

 


タイトルH2O(√aaa)しゅぷれ~むキャンディサクラノ詩(体験版)
プロデュースすかぢいいださとみいいださとみ
企画藤倉絢一藤倉絢一 柚子璃刃 すかぢすかぢ
シナリオ藤倉絢一 すかぢ藤倉絢一 柚子璃刃 すかぢすかぢ
サブシナリオ柚鈴Team N.G.X 彩音 千歳御空希色
原画基4% 硯 籠目 月音
すかぢ 砌練炭
いぬがみきら 梱枝りこ
深森 karory
基4% 硯 籠目 月音
すかぢ 砌練炭
塗装NAKAM たけぽにあん
籠目 砌練炭 深森
梱枝りこ 日比野翔
NAKAM たけぽにあん
新川尚士 深森
梱枝りこ すかぢ
NAKAM たけぽにあん
籠目 砌練炭 新川尚士
基4% 硯 すかぢ
背景吉田誠治 吉田組吉田誠治 籠目 すかぢ吉田誠治 籠目 すかぢ
演出素材すかぢすかぢ
画面素材ことるりことるり
プログラムDarious SawnDarious SawnDarious Sawn
演出柚子璃刃村本植物園 すかぢ
スクリプト藤倉絢一 casper
猫基地
柚子璃刃 藤倉絢一
上田動物園 村本植物園
casper 他2名
上田動物園 村本植物園
casper
デザインことるりことるり
広報深森深森深森
コンテンツ
ディレクター
コブライカ
サウンドelephant music
ピクセルビー Blasterhead
ryo ピクセルビーryo elephant music
キャスト関係
ムービー
デバッグ
スペシャルサンクス



ケロQ(追加)

タイトル 素晴らしき日々
プロデュース すかぢ
企画 すかぢ
シナリオ すかぢ
サブシナリオ 文音 藤倉絢一 千歳
原画 基4% 硯 籠目 Karory すかぢ
塗装 新川尚士 深草翔 NAKAM ナナカ 籠目 基4% 硯 karory すかぢ
背景 吉田誠治 新川尚士 すかぢ
演出素材 すかぢ
画面素材 ことるり
プログラム Darious Sawn
演出 柚子璃刃
スクリプト 柚子璃刃 コムラ ナナカ 遊鳥 みつき
広報 遊鳥
デザイン ことるり
デバッグ KKKKK szak 藤倉絢一
OPムービー 葵乙夜 【Mju:z】
EDムービー 柚子璃刃 コムラ
サウンド szak ryo H.B STUDIO
全7曲 作詞:すかぢ 歌:はな,monet 作曲:szak,ピクセルビー
キャスト関係



 異常なすかぢ率です。表の上半分が真っ赤になりました。思ってた以上に多かったです。特にケロQ作品はすかぢ率が高い。30%を超えています。仕事し過ぎです>すかぢ
 先月に出た素晴らしき日々なんかはまさにすかぢ作品でしたね。これだけ赤くなるのも頷けます。


 表にして改めてすかぢが多才な人だという認識を持ちました。あれもこれもといろんなことをやってるからサクラノ詩もなかなか出ないんでしょうね(サクラノ詩のシナリオはすかぢ執筆予定)。この分だと陰と影の発売は何年先になるんでしょうか?前回の更新から2年の間に開発無期限停止になりました。


 最後に素晴らしき日々の1シーンを。
 いったい誰のことを言ってるんでしょうね。



 すかぢ0001
 すかぢ0002
 すかぢ0003



 参考:素晴らしき日々エンドクレジット

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[2010.04.22(Thu) 20:35] ノベルゲーコラムTrackback(0) | Comments(0) 見る▼
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素晴らしき日々 エンドクレジット 

2010年04月22日 ()

 ケロQ・枕作品のエンドクレジットに見る「すかぢ率」の高さ 2010年版を作る時にメモったエンドクレジットをこちらに載せておきます。資料にどうぞ。


プロデュース すかぢ
企画 すかぢ
原画 基4% 硯 籠目 Karory すかぢ
シナリオ すかぢ
サブシナリオ 文音 藤倉絢一 千歳
塗装 新川尚士 深草翔 NAKAM ナナカ 籠目 基4% 硯 karory すかぢ
背景 吉田誠治 新川尚士 すかぢ
演出素材 すかぢ
画面素材 ことるり
プログラム Darious Sawn
演出 柚子璃刃
スクリプト 柚子璃刃 コムラ ナナカ 遊鳥 みつき
広報 遊鳥
デザイン ことるり
デバッグ KKKKK szak 藤倉絢一
サウンド szak ryo H.B STUDIO
OPムービー 葵乙夜 【Mu】
EDムービー 柚子璃刃 コムラ

エンディング テーマソング

呪われた生/祝福された生
 歌:はな
 作詞:すかぢ
 作曲/編曲:sazk
空気力学少女と少年の詩
 歌:はな
 作詞:すかぢ
 作曲/編曲:szak
終末の戦慄
 歌:はな
 作詞:すかぢ
 作曲/編曲:szak
ナグルファルの船上にて
 歌:monet
 作詞:すかぢ
 作曲/編曲:ピクセルビー
神と戦慄
 歌:monet
 作詞:すかぢ
 作曲/編曲:ピクセルビー
登れない坂道
 歌:monet
 作詞:すかぢ
 作曲/編曲:ピクセルビー
鏡の世界には私しかいない -another version-
 歌:monet
 作詞:すかぢ
 作曲/編曲:ピクセルビー

キャスト
 水上由岐 voice:かわしまりの Art:籠目
 間宮皆守 voice:佐山森 Art:基4%
 間宮卓司 voice:佐山森 Art:基4%
 間宮羽先 voice:西田こむぎ Art:karory
 高島ざくろ voice:鈴屋スイ Art:基4%
 橘希美香 voice:鈴屋スイ Art:硯
 若槻鏡  voice:小倉結衣 Art:籠目
 若槻司  voice:如月葵 Art:籠目
 音無彩名 voice:成瀬未亜 Art:基4%

キャスティング&収録スタジオ H.B STUDIO
販売 株式会社ムーンフェイズ
Presented by ケロQ

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[2010.04.22(Thu) 20:23] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(1) 見る▼
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とおりすがり by -
今更ですが、「終末の戦慄」ではなく「終末の微笑」では?

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素晴らしき日々 ~不連続存在~ 感想 

2010年04月04日 ()


素晴らしき日々 ~不連続存在~ 特装初回版
タイトル    素晴らしき日々
メーカー   ケロQ
発売日    2010年3月26日
シナリオ   すかぢ
原画      基4% , 硯 , 籠目 , karory , すかぢ
音楽     ryo , szak H.B STUDIO
プレイ時期 2010年3月
プレイ時間 35時間
評点     99(暫定)







 こ れ は お も し ろ い 。 超 オ ス ス メ


 今年一番の期待作と楽しみにしていた素晴らしき日々、期待を大きく超える出来でした。すごかったです。早くも私の中では今年一番の作品になるのが確定しそうです。今年はまだこれと星メモEHしか新作をやっていませんけど、それでもこのレベルを超えるような特別な作品はそうそう出てくるものではないですから、今言ってしまっても問題無いでしょう。

 何がそんなにすごいのかというと、自分の中で特別な作品になりそうなんですよね。自分の中で特別な作品というのはいくつかあって、初めてやった作品やエロゲにはまるきっかけとなった作品、感動した作品など自分に大きな影響を与えた作品(大げさに言うと人生を変えた作品)がそれにあたります。この素晴らしき日々の場合、元となった終ノ空という作品と合わせてテーマ・思想的なところが自分の心にグサグサ突き刺さってきました。心に来るものが多かったというか、一文一文考えてしまったというか、何度も読むのが止まってしまいました。物の見方・考え方を変えたという点で私にとっては特別な作品になりそうです。
 もちろん、特別な作品になったのにはシナリオがおもしろかった・感動したという部分もかなりあります。この素晴らしき日々は構成・設定が良くできていて、同じ事件を複数の登場人物の視点で追っていく形をとってい、1人目の視点でわからなかったところが2人目の視点で明かされ、さらに3人目、4人目と様々な角度から見ていきます。この見せていき方がすごく上手いんですね。整合性もしっかり取れていますし。元作品の終ノ空をプレイしているのに、それとは違った展開・見せ方ばかりで読んでて全く飽きませんでした。終ノ空ではわかりにくかった各キャラクターの心情や背景もしっかり描写され、よりわかりやすく物語性の深いものになっていました。まさか終ノ空の設定で同じ作者が別物を作ってさらにこんなにもおもしろくできるとは…。10年でここまで変わるとは…。すかぢは侮れません。
 また、再読してもはじめに読んだ時と違った感じで読めておもしろく、
  終ノ空→素晴らしき日々→終ノ空→素晴らしき日々(今ココ)
こんな感じで再読していっています。全部通して見たシナリオもおもしろく、感動した場面もちらほら。感動と言えば、音楽の使い方もうまかったです。BGMの挿入の仕方があざといまでに上手い。それからOP/EDがすごくいい。サントラが出るのが待ち遠しいです。

 これまでケロQ・枕の作品は全体的に完成度が低いものが多かったので人に勧めにくかったですが、これなら大手を振って人に勧められます。すかぢってどんなライター?ケロQ・枕作品ってどんな感じ?って尋ねられたら迷わずこれを出していこうと思います。この素晴らしき日々は間違いなくすかぢ最高傑作。ケロQ・枕作品(すかぢ作品)を全部やってきた自分が保証します。オススメです。
 こうやっていろんな人に勧めたいけど、これを勧めて大丈夫なのかという疑問も。割ときつめの表現が多いので人によっては途中つらいかもしれません(イジメ描写とか)。でも描写を徹底していたからこそ良かったのもあって、18禁であるからこそできた描写(飛び降り、性的いじめ、薬物など)もあるのでエロゲユーザーにはなるべくやってほしいですね。こんな作品が出るからエロゲに手を止められません。
 これなら同じくすかぢシナリオの予定のサクラノ詩も期待できそうです。このクオリティで作ってくれるならいくらでも待ちます。あと2年くらいゆっくり作って下さい。


 それと今度シナリオライター論ですかぢというライターについて自分の考えをまとめようと思っていたのですが、この素晴らしき日々をやって俄然やる気が湧いてきました。すかぢはやればできる子。
 でも、こんなすごい作品についても書かねばならないとなるとハードルが一気に上がってしまう。どれだけ書けるかわかりませんが、全力で書いていこうと思います。


 ざっくりとした感想はこんな感じで。本当はレビューと銘打って公開したかったのですが、そっちの方は週明けまでにあがりそうにないので先にできあがっている部分まで公開。ネタバレ有りの考察とかはレビューの方で。あとこの感想の文章、こっそりレビューの方で使い回すかもしれませんが大目に見てやって下さい。
 それからこの素晴らしき日々の場合、結構複雑なので考察記事とか解説記事を書くのもいいかもしれませんね。とりあえずもう一周しながら考えていきましょうか。


 参考 考察:素晴らしき日々の世界観


 【素晴らしき日々~不連続存在~】応援中!

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[2010.04.04(Sun) 02:06] 素晴らしき日々Trackback(0) | Comments(1) 見る▼
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by 神奈みずき
私も素晴らしき日々は名作だと思います。
終ノ空は意味解いても結局何が言いたかったのか分からない(作者も分からなかった)作品でしたが。

素晴らしき日々はハッキリと言いたい事が伝わってきて、すごく良かったです。
こういう意味を詰めた作品を私も渇望しておりました。

ケロQでも最高傑作でしょうね。
毎回足りない部分が多々(作業だったり√幾つか超ご都合だったり意味不明だったり)ありましたが。
今回は完成された1作だと思います。
すかぢのtwitter見てると相当疲れてるようですし、取り敢えず休んで欲しいですね。
また5年とかシナリオ休まれると困りますが^^;

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2010年3月発売のノベルゲー雑感 

2010年03月21日 ()

 今日は日本橋電気外祭り&水戸コミケでしたね。参加された方、お疲れ様です。私は日本橋の方に行ってきました。今回は特に買うものもなかったのでゆっくり11時半頃に行って各地の様子を見て回っていました。ざっと見ていった感じだいたいうまくいってた感じですかね。次回の日本橋ストリートフェスタでも電気外祭りがあるといいですね。というか大阪在住の身としては切実に希望。ただ、ストリートフェスタの人の多さだけは勘弁。人だらけで道を歩くのにかなり苦労しました。

 電気外祭りの詳しい話は実際に物品を購入した方にお任せするとして…私の方はいつもの新作ノベルゲー雑感をやります。以下、お馴染みのノベルゲー雑感です。
 先月は延期も多くそれほど注目作はありませんでしたが、今月はその分延期していたものが一気に来て(Cross Days,素晴らしき日々,恋色空模様,White Album2など)、上半期一番の注目作が集まる月となっています。いろいろい気になる作品が多い3月、この記事では個人的に注目している作品を5つ紹介します。
 まず3月の新作で私が真っ先にプレイするのはこれ↓



素晴らしき日々 ~不連続存在~ 特装初回版タイトル  素晴らしき日々
メーカー ケロQ
シナリオ すかぢ
原画     基4% , 硯 , 籠目 , karory
発売日  2010年3月26日予定
期待度  90


 ケロQの新作「素晴らしき日々」です。今月はこれ一択。上半期一番の期待作、いや、今年一番の期待作と言っても私の中では過言ではありません。なんたってあの終ノ空と関わりのある作品ですよ。ケロQファン、終ノ空ファン、そしてすかぢファンとしてはやらざるを得ない。
 体験版についてはやると続きが気になって眠れなくなりそうなのであえてやっていません。そもそも体験版の出来がどうであれ、絶対にやると決めていますしね。発売まで楽しみは取っておこうと思います。代わりに復習として終ノ空を再プレイすることにします。細部は結構忘れているところも多いので、これを期にいろいろすかぢ作品を復習しておきましょうか。

 せっかくなのでプロフィールのところの応援バナーも素晴らしき日々に変えておきましょう。朝色も応援しておきたいのは山々なのですが、ここは素晴らしき日々で。500%美化されたざくろちゃんを貼り付けておきました。下の方にある今後発売の期待作のところも素晴らしき日々に。こちらは卓司君を…って、あれっ、卓司君のバナーがない…。卓司君は終ノ空最萌キャラなのですが残念です。仕方ないからOHPの素材を使ってバナーを作ってみました。

   卓司

 文字が入ってたり表情が変だったりしますが、とりあえずはこれで。本編ではきっと彼のかっこいい表情も見れることでしょう。





 次の3月の注目作はこれ↓


CHAOS;HEAD らぶChu☆Chu!(通常版)
タイトル  CHAOS;HEAD らぶChu☆Chu!
メーカー 5pb
シナリオ 林直孝
原画     松尾ゆきひろ
発売日  2010年3月25日予定
期待度  70



 「CHAOS;HEAD らぶChu☆Chu!」です。カオスヘッドのファンディスク(?)、続編(?)、何かよくわからないものが出るようです。
 カオスヘッドはおもしろかったんですが、これはどうだろう…。あのキャラクター達でラブコメをやってもなぁ…。シュタゲの時に乗り遅れた反省を活かしてここは突撃するべきなんだけど、怖い。あのスタッフ達がただのいちゃラブゲーで終わらせるはずがないとは思っているのですが、怖い。
 というわけでここは箱本体はシュタゲ布教用にまわさないといけないということにして、様子見に逃げます。





 次は、先日レビューをあげた星メモと関わりのあるこの作品↓


Happy Wardrobe 初回版
タイトル     Happy Wardrobe
メーカー     Shallot
発売日     2010年3月25日予定
シナリオ     なかひろ
原画       笹弘  
期待度      75



 あかべえ系列の新規ブランドShallotの処女作「Happy Wardrobe」です。本作の注目はなんといっても星空のメモリアで企画・シナリオを担当したなかひろが企画・シナリオを担当することでしょう。といってもその他のスタッフは違うので、演出やらグラフィックやらの出来についてはさすがには星メモのフェイバリットと比べると見劣りしてしまいますが…。フェイバリットはその辺が強いですからね。
 演劇を成功させるというのが主題になるのは間違いないのですが、どこまでそれがうまく描けるのかですかね。それによって印象がだいぶ変わってくるかと思います。それと個別ルートがうまく書けるかどうかが気になるところ。各ヒロインの問題を絡めた上で本題となる演劇話をうまく書けるかですかね。体験版をやった感じ、なかひろらしく会話劇は上手く、安定した作品にはなりそう。難しいだろうけど、星メモ越えになったらいいなぁ。





 次は触手ゲー↓


ク・リトル・リトル ~魔女の使役る、蟲神の触手~ (外付け購入特典付)
タイトル     ク・リトル・リトル ~魔女の使役る、蟲神の触手~
メーカー     BLACK CYC
発売日     2010年3月26日予定
シナリオ     伊藤ヒロ
原画       椎咲雛樹  
期待度      75



 クトゥルフ触手バトル物。主人公は触手です。なので触手エロも書き放題。Black cycらしい過激なエログロは今回も健在。ただクトゥルフ設定とバトル描写っがチープに見えるのが不安なところ。あえてこういう設定を持ってきたからには何かあるとは思うんですけどね。
 そういや同じ、伊藤ひろ×Black cycの夢幻廻廊2がまだ積まれたままでした。さすがに先にこっちですかね。





 最後はこれ↓


恋色空模様 Amazonのページへ
タイトル     恋色空模様
メーカー     すたじお緑茶
発売日     2010年3月26日予定
シナリオ     氷雨こうじ
原画       るちえ  
期待度      75(絵:90)


 すたじお緑茶の恋色空模様です。
 絵がいいです。るちえの絵がいいです。すごく好みです。
 イベントCGや購入特典の画像が更新される度に欲しくなってきます。
 でも、あの体験版の内容だとどうしても踏み込めない。
 結局追加の体験版も出なかったし…
 緑茶作品をひとつでもやってたら踏ん切りがつくんですけど…
 ああ、しかし公式のカウントダウン見てたら欲しくなってきた。
 素晴らしき日々を買いにソフマップのレジに並ぶ時まで悩んでそうです。





 以上、私的3月の注目作でした。今月は他にも、すごい展開があると各地で話題のOverflow「Cross Days」、悪い意味で何かと話題のbiscotti「Floating Material」(←4月第一週に延期)、商業美少女ゲーム初の新製品無料配布を行うということで話題のnative「se・きらら」など話題には事欠かない月になりそうです。他にも丸戸シナリオのLeaf「ホワイトアルバム2前編」やパープルの新作「夏に奏でる僕らの詩」などいろいろあります。どれだけ良作が出るかは未知数なところもありますが、とりあえず私は素晴らしき日々で。


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[2010.03.21(Sun) 19:41] 今月のノベルゲー雑感Trackback(0) | Comments(0) 見る▼
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陰と影、発売無期限停止…だと…? 

2009年04月26日 ()
 
 先日、新作「素晴らしき日々」の発表があったケロQですが、またまた大きな発表がありました。


 ・陰と影に関して重大なお知らせ

この度、ケロQは2005年に発表した作品『陰と影』の開発無期限停止を決定したことをお知らせいたします。
理由としましては、長い間開発の目処が立たず、発売日が未定のまま延期し続けるというのはユーザー様のご迷惑になると考え、開発無期限停止という判断に至りました。
発売を心待ちにしていた皆様には大変ご迷惑をおかけしたことを深くお詫びするとともに、
何卒ご了承頂きますようお願い申し上げます。

今後このような事態を招くことなく、ユーザーの皆様のご期待に添える作品を作り続けていきたいと思いますので、今後もケロQをよろしくお願いします。

ケロQ スタッフ一同


 発売無期限停止…だと…?

 ケロQ第二作として2000年に発売された二重影のリメイク(?)として制作告知されていた陰と影が発売無期限延期となりました。
 終ノ空リメイク(?)の素晴らしき日々が発表された時も驚きましたが、またもやこんな驚きの発表があるとは…
 本当にこのメーカーは何をしでかすかわからない…
 
 まあ、ホームページの更新も止まって、実質的に無期延期の状態でしたからね、陰と影は。
 いつまで経っても発売されないサクラノ詩が出てからだと、思っていましたから。
 当分出す予定はないと宣言するこの告知は良かったんじゃないかと。
 しばらく出ないのならはっきり言って欲しいですね、サクラノ詩も。

 陰と影もサクラノ詩や素晴らしき日々と同じくかなり期待はしているんですけどね。 
 いつか…発売する…のか?
 気を長くして待っておきます。
 


 最後に陰と影がどんな作品か知りたい人のために…

 ・陰と影 ~那月島鬼談~ ホームページ

 あと、素晴らしき日々の紹介ページもできていたので貼っておきます。

 ・素晴らしき日々 ホームページ



 関連記事 : ケロQ新作…だと…? サクラノ詩は? 陰と影は?

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[2009.04.26(Sun) 05:47] サクラノ詩Trackback(0) | Comments(1) 見る▼
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COMMENT

by 神奈水樹
本当ですね。
しかし無期限停止とは再開する可能性は有という事でしょうか・・・。
たぶんないですよね。

二重影は好きだったので残念です。
完全女装化した北条や、
かっこよさ7割増し無影が見れないのは残念です。

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ケロQ新作…だと…? サクラノ詩は? 陰と影は? 

2009年04月21日 ()

 ケロQの新作が出るそうです。
 Windy Avenueさんの早売り情報を見て、サクラノ詩でなく、まさかの新作情報があってすごく驚きました。そう、思わずTECH GIAN(TG)を買ってしまうくらいに…。
 それで、TGの情報を見てみると…

  『素晴らしき日々』
   ブランド : ケロQ
   シナリオ : すかぢ、藤倉絢一
   原画    : 基4%、硯、籠目
   9月25日発売予定


 あらすじを見ていると、どうもケロQの第一作「終ノ空」に関係する作品のようで。終ノ空っぽい設定に”高島ざくろ”,”音無彩名”と終ノ空に出てきたキャラクターも。終ノ空というタイトルからして暗かった物語が結構明るい感じに紹介されていました。
 シナリオライターのすかぢによると、

 『サクラノ詩』を出す前に本作で『終ノ空』の流れを一度断ち、新しい自分のスタイルを見ていただきたいなと。そこから、『終ノ空』の設定をベースに舞台を現代に移した、現代版『終ノ空』とも言える本作の制作を始めた

とのこと。
 同じ題材を今度はどう調理するかライターのすかぢに期待。「悩み多き少女達が織り成す恋と友情の学園青春群像劇!」だそうですが、そこはきっとすかぢのことだから何かやってくれる、ただの恋愛物なんかではない独特の作品にしてくれると期待しています。

 しかし、ざくろちゃんはだいぶ可愛い感じの娘に変わりましたね。終ノ空の時と比べるとだいぶ印象が違います。前のキャラデザは、あれはあれで結構味があったんですけどね。あのギョロリとした目とか。それがあんなに可愛らしい子になっちゃって…。まあ彼女にはスパイラルマタイを期待。あとは終ノ空至高の萌えキャラの卓司君が出てくれば…。


 それにしても…、開発しているはずのサクラノ詩・陰と影を差し置いて新作が出るとは…、さすがケロQ、予想がつきません。そろそろサクラノ詩の続報が来るかと思いきや、まさかの終ノ空がきました。まあ、終ノ空は終ノ空で好きなんで関係する新作が出ることは嬉しいんですが…。いや、むしろメチャクチャ嬉しいんですが…。

 でもこの調子だと、来年の桜の季節にもサクラノ詩は咲いてないかもしれません…。
 そして陰と影の方はどうなってるんだろう…?


 これはひょっとして、予約特典にサクラノ詩の第二章の体験版がついてくるってオチ?
 まあ、そんなの関係なく、ケロQ信者の私はこの終ノ空っぽい作品を予約すると思いますが…。




 参考:終ノ空 ホームページ


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[2009.04.21(Tue) 22:13] サクラノ詩Trackback(0) | Comments(1) 見る▼
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COMMENT

by カーフ
口先だけなら何とでも言えるの典型かと
お前たちはどんなツラしてドリームパーティにのこのこ出展するのかと。
まずファンの目の前で土下座し、サクラについて何らかの(口先ではない)実利を出してようやく今回のこれを紹介する。そこまでしないといけないと思います。

「ストーリーの軸はできていて、あとは肉付け作業だけですので、本年度中には発売できるはずです」
*コンプティーク2008年2月号のサクラについてのインタビューより。この年何が出たかは周知の通り。
他にもトークショーでは今年中に出ると「何年間」も言ってます。

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