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Dies irae -Acta est Fabula- レビュー ~永劫回帰の終焉~ 

2010年02月13日 ()



Dies irae ~Acta est Fabula~ 完全版初回版
タイトル    Dies irae -Acta est Fabula-
メーカー   light
発売日    2009年12月25日
シナリオ   正田崇
原画       Gユウスケ
音楽      与猶啓至
プレイ時期  2010年1月
プレイ時間  約40時間
評点      84







 
◆『Dies irae -Also Sprach Zarathustra-(旧版)』


 2007年12月に発売され、“未完成”と謳われた『Dies irae -Also Sprach Zarathustra- (旧版)』
 当時予約までしてゲームの発売を楽しみにしていた私。発売当日に未完成という情報を耳にするもやってみた結果、それなりにおもしろいけどいろいろ不満も残る作品でした。不満点としては後半の戦闘シーンが盛り上がらないことやメインヒロインが空気なこと、各種設定や伏線が回収されていないことなどいろいろありましたが、一番の不満は作品の根幹を成す永劫回帰思想が作品構造と矛盾していることでした。
 そのあたりは旧版のレビューの方に詳しく書いています。(参考:Dies irae -Also sprach Zarathustra- レビュー ~永劫回帰の矛盾~



◆『Dies irae -Act est Fabula-(完全版)』


 それから2年後…
 この2007年版に収録されていた2つのルートをリメイクし、新たに2つのルートを加えた本作『Dies irae -Act est Fabula-(完全版)』が発売されました。先ほどの不満点が解消されることを願ってプレイした私。旧版をリメイクしただけあって、戦闘シーンやストーリーの流れもよくなり、影の薄かったメインヒロインを始めとして登場人物の動機付けなんかもしっかりされていて、そして新たに2つのルートを追加したことによって旧版では語られなかった設定や伏線が回収できていました。ただルートやシーンを追加したことでボリュームがすごいことになり、全部プレイするのが大変でした。もう少し戦闘シーンを絞るなどしてコンパクトにシナリオをまとめられていたらやりやすかったです。
 このように本作は旧版に比べて良くなっていて“さすが完全版”と思わせる出来で、あとは旧版で最も気になっていた永劫回帰の問題を残すのみ。以下、永劫回帰の詳細について述べていきます。



 以下ネタバレ注意



◆永劫回帰の矛盾と終焉


 そもそも先ほどから述べてる永劫回帰の矛盾とは何かというと…
 

 旧版のレビューより抜粋

 本作の主題は“永劫回帰”。そしてそこから生じる“既知感(デジャヴ)”とその“脱却”である。

 ここでの永劫回帰とは“一回性の連続”。すなわち、一度あったことが寸分違わず、もう一度、さらにもう一度、と無限に繰り返される時間観のことである。永劫回帰からの脱却については何ら問題はない。作中ではツァラトゥストラとラインハルトによってメルクリウスの策略通りに永劫回帰からの脱却を謀ることができた。
 だが、“永劫回帰”及び“既知感”については作中で自ら否定している部分があり矛盾が生じている。それは選択肢による未来の変化、すなわち、ルート分岐である。先ほども述べたように、本来永劫回帰の思想では物事が異なる事象を辿ることはない。ただ同じ時が繰り返されるのだ。もし、この作品がメインルート(マリィルート)のみの一本道であったら何ら問題はない。しかし、選択肢によって分岐されるサブルート(香澄ルート)の存在によって、この永劫回帰に綻びが生じる。



 要約すると、“同じことが繰り返されるはずの永劫回帰的世界観で大規模なルート分岐が起こるのはおかしい。永劫回帰ならば一本道もしくはループ構造にするべきなのでは?”って話です。

 旧版ではこのような問題があり、この完全版でもこの部分が曖昧なまま終わるのかと思っていましたが、最終ルート最終章のメルクリウスの独白によってついにDies iraeにおける永劫回帰構造が明かされました。
 それによると本作における永劫回帰とは、メルクリウスの“流出”によって生じた世界観であり、メルクリウス自身の望む結末を迎えるまで何度も何度も回帰を繰り返すというものでした。この回帰を終わらせるためには他の人物による“流出”が必要であり、本編ではマリィの“流出”で新たな世界観が構築されていました。そういう構造だと永劫回帰というよりループと言った方がしっくりきますね。寸分違わずというよりは主人公やメルクリウスの行動により分岐が起こる世界観であると。したがって本作の4つのルートのうち、香澄・蛍のルートはメルクリウスの回帰の途中であり、マリィ・玲愛ルートはそれぞれ過程・結末が異なる形で回帰の終焉を迎えるルートということでした。つまり、本作はメルクリウスによるメルクリウスのための物語であり、主人公や黒円卓の面々はメルクリウスの劇を演じる役者であると。バトルオペラADVとはつまりそういうことなのではないかと思います。
 この構造が明かされた時がDiesをやってて一番感動したところです。この結末に辿り着くために何度もDiesをプレイした甲斐がありました。

 しかし、本作が藤井蓮(主人公)の物語というよりもメルクリウスの物語だったということを考えると、メルクリウスが選択肢を選んでルートを分岐させるべきだったのではないでしょうか(もしくはメルクリウスが行動を起こして蓮の選択肢に影響を与えるような…)。主人公ともう一人、歌劇の立役者であるメルクリウスをもっと主役に据える構成にしても良かったのではないかと。いや、ここは“藤井蓮=メルクリウスの聖遺物”だから、“メルクリウスの聖遺物の物語=メルクリウスの物語”と考えるべき?



◆総評


 『Dies irae -Act est Fabula-(完全版)』、2007年版に比べて格段に出来は向上し、矛盾があった永劫回帰についても新たな解釈が加えられ…なんとか納得のいくものとなっていました。私が2年間待ち、60時間を超える時間を注いだDiesの永劫回帰の詳細がようやっと明かされました。

 “これこそが永劫を永劫倍繰り返してまで辿り着きたかったDiesの終焉”
 “この時だけを夢見ていた”

 これでようやく私もゲットー(Diesの永劫回帰の矛盾)から脱却して、新たなLight作品をプレイすることができそうです。






 でも…でも…できることなら、何度も回帰(旧版をプレイ)することなく、一番はじめにこの結末(完全版)に辿り着きたかった…。既知感がなく、未知しかない新鮮な気持ちでこの作品をプレイすることができたのならより楽しめたであろうに…

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[2010.02.13(Sat) 23:28] Dies iraeTrackback(0) | Comments(1)
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マリィルート by 通りすがり
確かマリィルートも何千年過後に他のやつが流出して、その後メリクリウスの手で再びリセットされたんでしたよね?

Diesiraeの結末って先輩END以外無いらしいです。

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確かマリィルートも何千年過後に他のやつが流出して、その後メリクリウスの手で再びリセットされたんでしたよね?

Diesiraeの結末って先輩END以外無いらしいです。
[ 2010.05.18(Tue) 04:32] URL | 通りすがり #mQop/nM. | EDIT |

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