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your diary レビュー ~美少女ゲームの主人公の幸せとは?~ 

2012年02月23日 ()


your diary 初回版
 タイトル    your diary
 メーカー   CUBE
 発売日    2011年9月30日
 シナリオ   皆本あいる , 種村いのり
 原画       カントク
 音楽      安瀬聖
 プレイ時期  2012年2月
 プレイ時間  約20時間
 評点      77






 美少女ゲームの主人公の幸せって何だろう?







◆描かれてきたヒロインの幸せと描かれなかった主人公の幸せ

 選択肢によっていくつもの可能性が見られるノベルゲーム。美少女ゲームの多くが採用しているノベルゲームのストーリー分岐システムでは、ひとりの主人公に対して幾人ものヒロイン達が結ばれる物語がそれぞれ描かれる。それはどのヒロインと結ばれる物語であっても、エンディングではいつだってヒロインの笑顔が見られる。彼女達は主人公と結ばれて「幸せ」でいっぱいだ。
 けれど、いくつも存在するヒロインと結ばれる結末において、その当事者たる主人公は果たして幸せなのだろうか? ある時はこの女の娘と、そしてまたある時は別の女の娘と付き合っている彼の幸せとは何なのだろう? どんな女の娘であっても可愛いと言い、どんな女の娘の悩みであっても解決してしまう彼が真に求めているものとは何だろうか? ヒロインの求めているもの、幸せはそれぞれのヒロインの物語でわかりやすく提示されている。しかし物語において、語り部たる主人公の彼は自分のことに対して多くを語らない。

 そもそもパラレルに存在している物語に対してどのルートがどうと言うことは難しい。ことさら主人公においては。しかし、ノベルゲームの物語の中にはパラレルのように見えても扱いの違うものがある。Trueルート、Trueエンドと呼ばれる物語。ゲームの最後に控えているその物語は登場人物の多くが幸せになる最大公約数的な幸せが描かれる。ならば、Trueルート、Trueエンドこそが彼の幸せなのか? いや、違うだろう。Trueエンドはプレーヤーである私達から見た物語を締めくくるにふさわしい結末だ。必ずしも主人公のそれとは言えない。



◆"あなた"の幸せを探す物語『your diary』

 このように、知ることが難しい主人公の幸せだが、本作『your diary』ではそんな彼の幸せを定性的に見ることが出来る。それを可能にしているのが「幸せの神様」という存在。幸せの神様である「ゆあ」という名の少女は、「日記」という形で人の幸せを感じ取ることが出来る。幸せの神様が主人公のことを幸せにするために現れた時、彼の幸せの物語は動き出す――
 主人公が何気ない日々を過ごしている時にも幸せは存在し、それは「ゆあ」の日記に記されていく。ゆあと四つ葉のクローバーを探した時、喫茶店で皆と過ごしている時……等々、幸せはいろいろなところに存在する。
 けれど、もっと幸せになるために「好きな女の子はいないのか?」とゆあは言う。その質問に対し適当にはぐらかす主人公だが、本作も美少女ゲームであるからにして例に漏れず彼は女の娘と付き合うことになる。そうして付き合うことになる女の娘は4人。各ヒロインに対してシナリオがひとつ用意され、それらのシナリオは分岐上並列に存在する。


◆幸せを知ることで生じた代償

 主人公がヒロインと付き合いだした時、日記にはそれまでにない大きな幸せが記される。えっちぃことをした時には日記にその幸せがまじまじと描かれ、それを見たゆあが顔を赤くするくらいだ。しかし、そうやって描かれる幸せは各シナリオ毎に大小がつけられてしまう。それは幸せの神様の本来の目的「日記の全てのページを埋め、ある人を幸せにしたら、次はまた別の人を幸せにしに行く」によって。つまり、幸せの神様が主人公から離れられるかどうかによって、シナリオにおける幸せの大小が決定してしまうのだ。パラレルに存在する4つのルートには形式上のTrueルートはない。しかし、主人公の幸せとなるとどのルートが一番かはその目的の結果が指し示している。幸せの神様が役目を終えた姿が見られたルートはふたつ。残りふたつのルートでは幸せの神様は未だ世界に残り続けている。このように並列に存在しているはずの各シナリオに圧倒的優劣がつけられてしまう現象が起きてしまったのだ。

 ルート分岐のシナリオと優劣のつく幸せ。それはルート間の重みを変えていく。神様が目的を果たすルートとそうでないルートをプレイし、その事実を知った時、心温まる物語とは裏腹に私はひどく悲しくなった。斯様にキャラクターの幸せを推し量れることはかくも残酷だことであると。
 ヒロインは4人。彼女らは皆主人公に選ばれれば幸せになれる。けれど、主人公を本当に幸せに出来る娘となると……。はたして彼女らは何のために……?
 ノベルゲームにおいてプレーヤーはキャラクターの幸せというものは考えてはいけないものなのだろうか?


◆"誰"が幸せならばいいのか、自己犠牲から生じる幸せの不可能性

 それでは主人公について考えていく。
 本作の主人公は幸せの神様と出会う前、先輩に告白しようとし、失敗している。そんな彼が想いを寄せているのは当然先輩であって他のヒロインのことではない。したがって、彼が想いを成就した時、彼は彼の幸せを手に入れるのだ。先輩ルートでの彼は心底幸せそうだった。
 彼が他のヒロインと付き合うシナリオもあるが、それは彼が自分の想いを押しのけ、別のことを優先しているからに過ぎない。それが顕著なのがゆあルートである。ゆあルートにおける主人公は「ゆあを幸せにしたい」の一心で行動する。「自分が幸せになるのではなく、ヒロインを幸せにしたい」「自分の幸せを犠牲にしてヒロインを幸せにする」これまで美少女ゲームで散々繰り返されてきた救いの物語だ。そうして主人公は幸せの神様の呪縛を解こうとするが、人を幸福にし自己を省みない自己犠牲の神様を救済する彼もまた自己の幸せの犠牲を成している。
 こうして「主人公のことを幸せにしたいヒロインと、ヒロインのことを幸せにしたい主人公」の構図が成立する。しかし、ヒロインは主人公のことを幸せにしてしまうと消滅してしまう。神様ゆえに幸せになれないのだ。


◆『your diary』の主人公の幸せ

 では、幸せの神様のルートで主人公の幸せは満たされないのか。
 いや、そうではない。少なくとも本作の主人公はそれを乗り越えるだけの力があった。自己犠牲によって少女を救おうとしたゆあルートにおいて、彼は自分の真の幸せを理解する。それは「人を幸せにすることが自分の幸せ」だということ。周りの人を幸せにして、皆が笑顔でいられる世界を創ること、それが自身の幸福へと繋がるというのだ。
 しかして、本作の主人公は「自己犠牲の神様」をも幸せにしてみせる。そうして「幸せの神様」は自分の幸せを手に入れ、彼に幸福が訪れるのだ。


◆美少女ゲームの主人公の幸せ

 今まで疑問だった主人公の幸せ。『your diary』はその疑問だった幸せを主人公が探す物語だった。
 そうして出てきた回答は「人を幸せにすること」。彼はヒロインを幸せにし、自分の幸せを手に入れた。

 ならば、美少女ゲームの主人公の多くも同じように「人を幸せにすること」が自身の幸せなのだろうか。
 『your diary』をプレイし終わった今、私はそんなことを想像している。



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[2012.02.23(Thu) 23:25] ノベルゲーレビューTrackback(0) | Comments(0)
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