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絵とネタバレと 

2012年04月03日 ()


 最近、いつもよりこのブログの記事への反響があって嬉しいudkです。

 ●フェイスウィンドウの機能についての覚書 -cactus_backyard -
 ●音楽による作品選出、あるいはその受容について -À Pour mort d'or-

 どちらの記事も私の記事より深く突っ込んだ内容を書いてあるので、オススメです。


 今度は逆に私の方が他の方の記事から何か1本書いてみようかと思います。
 BGMの方は上手く語れないと公言したので、少しは語れる演出の方の話を。
 すたじお緑茶『恋色空模様』の演出についてです。cactusさんの演出論の方にすたじお緑茶の演出話がありまして。

 ●演出論的覚書:Ⅰ章2節:すたじお緑茶の立ち絵演出
 
 ことあるごとに緑茶演出の話が出てきて気になったので、私も恋色空模様をやってみました。
 やってみて作品の演出で思うところがいろいろあったので私の方でも簡単な演出考をやってみます。緑茶演出で特徴的なことはだいたい演出論的覚書の方でやってるので、たいして新しいことは書けませんが、私なりの論をということで。前々から書いていた記事なんですけど、この機会に公開していきます。
 というわけで次回から演出考が何回か続きます。お楽しみに。






 告知だけだと寂しいので、恋色空模様の話でも。このあとしばらく演出話しかやらなくなるので、他のことについてもふれておきましょう。

 恋色空模様は製品版発売前に体験版をやっていまして、このブログに感想を掲載しています。

 ●恋色空模様 体験版 感想 (2009年10月)

 絵がいい。

 るちえの原画と淡い色調の塗りが最高。これは思わず絵買いしてしまいそうなレベル。
 るちえいいよ、るちえ。



体験版はこんな感想だったようです。そのあと、恋色空模様の発売月の時のコメントでは「期待度 75(絵:90)」とまでしていて、とても絵に期待していたようです。


恋色空模様 Amazonのページへ
タイトル     恋色空模様
メーカー     すたじお緑茶
発売日     2010年3月26日予定
シナリオ     氷雨こうじ
原画       るちえ  
期待度      75(絵:90)




 で、恋色空模様をやり終わってどうだったかというと……



 絵がいい。

 るちえの原画と淡い色調の塗りが最高。これは思わずファンディスクの『after happiness and extra hearts』も絵買いしてしまいそうなレベル。
 るちえいいよ、るちえ。


 期待した通りの絵の出来で大変満足でした。



 これより内容についてふれるので、ネタバレ注意






 って書いてどのくらいの人が避けるのか知らないですけど一応書いておきます。このブログではちょっとくらいのネタバレでは何も書かずにいるのですが、今回は書いておきます。つまり、そういうことです。
 エロゲー界隈ではネタバレを異常に嫌う傾向があって、ネタバレをするとなんだか恐ろしい目にあわされるようなそんな空気があります。レビューサイトさんでもこれ以上はネタバレだからと何も書けない的なところもありますし、やはりそうとう気を遣ってるんでしょう。そんな中、このブログは形振り構わずネタバレだろうとなんだろうと書いていく傾向にあります。一部の気をつけないといけない作品だけ注意文を書いているわけですが、でもそうやってネタバレ注意と書いてあるのはそれ自体が結構ネタバレになるという話で……ネタバレ注意と書いてある作品には何かシナリオの中身を知ってしまったらおもしろくなくなるような何かがある、という風にも取れまして、ネタバレがあるから詳しくは言えないと言う人が何人もいたら、それがネタバレになってしまうんですね。叙述トリックがあるのかも?と思う人も出てくるでしょう。
 こんな前置きを長々と書いているのも今回叙述トリックについてふれるので、一応の防止線でやっているわけです。ネタバレを忌避している界隈に叙述トリックのネタを投げたりしたらどんなことになるかわかりません。そんなことをしたら最悪の場合、次の日に殺られているかもしれません。叙述トリックの場合、この作品の叙述トリックが……と口にした途端殴りかかられる可能性もあるので細心の注意が必要です。
 叙述トリックのノベルゲームと言えば思い浮かぶのはアレとかアレとかアレとか……。数え出すと10を超えます。どの作品が該当するかは殺られてしまうので口にはできませんが、割と数はあります。ノベルゲームの叙述トリックで多いのは視点を使った何かでして、基本的に主人公の一視点だけで物語が進むのでいろんなことを仕掛けられるわけですね。

 こんな感じで前ふりを長々と書いてしまうとこのあとで話す内容のハードルがあがってしまってよくないですね。恋色空模様の話はそんなたいした話はしないので、あまり期待しないでください。





 恋色空模様の絵の話。
 ノベルゲームにおいて語り手のキャラクター(主人公)は画面構成上ビジュアルが描かれないことが多いです。恋愛ゲームの都合上というのもありますが、あまり描かれません。それはノベルゲームの画面では語り手から見た擬似的な風景が描かれるためです(例外もありますけど)。恋色空模様も例に漏れず、主人公のビジュアルはほとんど出てきません。



 自称変態紳士の発言
  ↑ 恋色空模様の主人公の同級生(男)、一番左と一番右


 しかし、ある程度読んでいると読み手の方で主人公像が固まってくるものでして、私の場合恋色空模様だと他の同年代の男キャラを参考に想像でビジュアルが固定されていきます。
 ところが、いざ主人公が登場シーンが描かれると……










恋色空模様_男の娘?
 いつから主人公のビジュアルが普通の男だと錯覚していた!

 あれっ、主人公がいない……
 可愛い女の娘がふたり……
 あ、あの右の可愛い子がひょっとして、いやいや、こんな可愛い女の子が……いやいや
 これは可愛い子ふたりがえっちぃことをやっていると想像すれば……いやいや


 突然の可愛い主人公の登場に困惑し、吹き出してしまいました。他の男キャラは普通で、可愛い系のビジュアルではなかったもので、不意をつかれました。
 主人公のビジュアルを描かなくても良いということを使って、こんな風に読み手を引っかけることも可能なんですね(私が勝手に騙されているだけとも言いますが)。他にも主人公が可愛すぎる作品はあったような気がします(よく覚えてない。
 主人公のビジュアルで吹くと言えば、こんなのはどうでしょう。





 和菓子を出せる偉い人
  ↑ D.C.~ダ・カーポ~(circus,2002)

 可愛い系とは逆にビジュアル設定がない主人公に無理矢理表情をつけようとして、ひどい有様になっています。当時は主人公の顔無し作品が多かったのでさほど気にならなかったかもしれませんが、今改めてみるとすごく違和感があります。




 以上、恋色空模様の主人公のビジュアルが可愛すぎという話でした(違。

 別に叙述トリックでも何でもないだろうと思う人が大半かと思いますが、まあ、これの発展系でまあいろんなことができるので、勘の良い人は気付いちゃうためです。そんな人は作品読んでても気付いちゃうのでそんな気にすることもないかもしれませんが。


 ああ、こんなことを語った私には死が待っているかもしれない……





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[2012.04.03(Tue) 22:10] ノベルゲー雑記Trackback(0) | Comments(2)
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COMMENT

あえて呉氏には触れませんでした(ネタバレ) by 近代衣服の残響
長文になりそうなのでこちらで。すいません。

叙述トリックは、ある意味「詐欺」とも呼べるもので、
それをビジュアライズするとなると、なるほど、今まで見過ごされてきた部分が白日のもとにさらされます。
(さらに言えば、「これはミステリだよ」と言うことすら、ある種のネタバレだと言えます)

逆に、設定倒れになっているケースもあります。
「ましろ色シンフォニー」
RococoWorks「airy{f}airy」
両者とも、主人公のビジュアルが設定されているにもかかわらず、作中では立ち絵としてすら使われることがない事実。
前者は、草食性のちょい癖っ毛のビジュアルは、それはそれで悪くなかったのに…
後者は……ああ、もうメーカーページが消滅……(泣)

さらに別に、最近沈黙が続くmarron(竹井10日氏はラノベでは絶好調なのに)は、毎回超絶イケメン設定なのに、
ビジュアルなし(=目隠し主人公)という。想像力で補完せよとのことなのでしょうか。しかしそれにしても……。

振り返ってみると、主人公が全面に出るのは、群像劇や、三人称エロゲの場合が多いです(というかそうしなければ進まないというか)。
成功例として、アトラク、カタハネ、鬼哭街、ヴェドゴニア。
思えばアリス、ニトロ、Rococoはこういうのが多いですね(ぼるしちは作品としてどうだったのか……と問われると……いや好きなんですが……)。
しかし、聞いてびっくりだったのですが、今の御時世、
「群像劇は売れない」「三人称は駄目」「複数主人公はNTR」「群像劇はNTR」
……そこまで言われるとは思ってませんでした。神経質な世の中。

そんななか、「はがない」の小鷹のキャラ造形&デザインは、結構挑戦だったのではないでしょうか?(ラノベですが)

そして叙述トリック最大のネタバレが、AIRではないでしょうか?

あと、立ち絵が全面に出ている主人公として、奥の手は、やはりランスですね。自重という言葉を知らない好き勝手。

もともと妄想で「美形設定」を膨らませるのは、むしろ小説がイラストなしで読まれていた時代の、
ある種の「本読みの特権」でありましたが、こうして「公式ビジュアル」がデフォの時代になると、
「詐欺」さえも起こってくるのだなぁ、と、こうして書いてて、むしろこの二十年くらいでの、
活字媒体におけるビジュアル優勢の潮流のシフトを思った次第でした。

叙述トリックにはふれない方向で by udk
ネタバレの難しいところは人によってその基準が異なり、ミステリっていこうことすらネタバレになってしまうことなんだと思います。

最近の美少女ゲーム(恋愛系のゲーム)では主人公のビジュアル設定があるものも増えてきましたね。『ましろ色シンフォニー』の場合、立ち絵を用意しないのはコスト的な意味があるにしろ、一枚絵で主人公の表情を表示するのを避けているものが多くて残念でした。Hシーンは仕方ないにしろ、それ以外のシーンでは主人公の表情があってもいいんじゃないかと思いますね。

ヒロインを売りにする恋愛系ゲームに対して主人公のビジュアルがしっかりと描かれるのは、主人公の個性を出していく作品でしょうか。物語上、主人公の「個」が重要な作品では主人公のビジュアルを描いています。そうした作品では主人公の話を作りやすく、主人公を中心に話を進めていけるのでシナリオもよくできていることが多いですね。成功例にあげてもらった作品(アトラク、カタハネ、鬼哭街、ヴェドゴニア、はがない)はどれも主人公のキャラクターがしっかりできてますね。

>「群像劇は売れない」「三人称は駄目」「複数主人公はNTR」「群像劇はNTR」
しかし、こういう意見は残念ですね。「売れない」は別にして、主人公に自己を投影する読み方の人が多いんでしょうか。もうちょっと視野を広げてもいいんじゃないかと思います。ネタであると信じたいところです。

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長文になりそうなのでこちらで。すいません。

叙述トリックは、ある意味「詐欺」とも呼べるもので、
それをビジュアライズするとなると、なるほど、今まで見過ごされてきた部分が白日のもとにさらされます。
(さらに言えば、「これはミステリだよ」と言うことすら、ある種のネタバレだと言えます)

逆に、設定倒れになっているケースもあります。
「ましろ色シンフォニー」
RococoWorks「airy{f}airy」
両者とも、主人公のビジュアルが設定されているにもかかわらず、作中では立ち絵としてすら使われることがない事実。
前者は、草食性のちょい癖っ毛のビジュアルは、それはそれで悪くなかったのに…
後者は……ああ、もうメーカーページが消滅……(泣)

さらに別に、最近沈黙が続くmarron(竹井10日氏はラノベでは絶好調なのに)は、毎回超絶イケメン設定なのに、
ビジュアルなし(=目隠し主人公)という。想像力で補完せよとのことなのでしょうか。しかしそれにしても……。

振り返ってみると、主人公が全面に出るのは、群像劇や、三人称エロゲの場合が多いです(というかそうしなければ進まないというか)。
成功例として、アトラク、カタハネ、鬼哭街、ヴェドゴニア。
思えばアリス、ニトロ、Rococoはこういうのが多いですね(ぼるしちは作品としてどうだったのか……と問われると……いや好きなんですが……)。
しかし、聞いてびっくりだったのですが、今の御時世、
「群像劇は売れない」「三人称は駄目」「複数主人公はNTR」「群像劇はNTR」
……そこまで言われるとは思ってませんでした。神経質な世の中。

そんななか、「はがない」の小鷹のキャラ造形&デザインは、結構挑戦だったのではないでしょうか?(ラノベですが)

そして叙述トリック最大のネタバレが、AIRではないでしょうか?

あと、立ち絵が全面に出ている主人公として、奥の手は、やはりランスですね。自重という言葉を知らない好き勝手。

もともと妄想で「美形設定」を膨らませるのは、むしろ小説がイラストなしで読まれていた時代の、
ある種の「本読みの特権」でありましたが、こうして「公式ビジュアル」がデフォの時代になると、
「詐欺」さえも起こってくるのだなぁ、と、こうして書いてて、むしろこの二十年くらいでの、
活字媒体におけるビジュアル優勢の潮流のシフトを思った次第でした。
[ 2012.04.05(Thu) 04:19] URL | 近代衣服の残響 #- | EDIT |

ネタバレの難しいところは人によってその基準が異なり、ミステリっていこうことすらネタバレになってしまうことなんだと思います。

最近の美少女ゲーム(恋愛系のゲーム)では主人公のビジュアル設定があるものも増えてきましたね。『ましろ色シンフォニー』の場合、立ち絵を用意しないのはコスト的な意味があるにしろ、一枚絵で主人公の表情を表示するのを避けているものが多くて残念でした。Hシーンは仕方ないにしろ、それ以外のシーンでは主人公の表情があってもいいんじゃないかと思いますね。

ヒロインを売りにする恋愛系ゲームに対して主人公のビジュアルがしっかりと描かれるのは、主人公の個性を出していく作品でしょうか。物語上、主人公の「個」が重要な作品では主人公のビジュアルを描いています。そうした作品では主人公の話を作りやすく、主人公を中心に話を進めていけるのでシナリオもよくできていることが多いですね。成功例にあげてもらった作品(アトラク、カタハネ、鬼哭街、ヴェドゴニア、はがない)はどれも主人公のキャラクターがしっかりできてますね。

>「群像劇は売れない」「三人称は駄目」「複数主人公はNTR」「群像劇はNTR」
しかし、こういう意見は残念ですね。「売れない」は別にして、主人公に自己を投影する読み方の人が多いんでしょうか。もうちょっと視野を広げてもいいんじゃないかと思います。ネタであると信じたいところです。
[ 2012.04.06(Fri) 06:52] URL | udk #QsgttT26 | EDIT |

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